5月の句会では、お題のひとつに「蜘蛛」がありました。

 

蜘蛛というと、よく見かけるのは部屋の隅や植木鉢の陰にいる、すばしっこい小さな蜘蛛。あれはこの時期に出没するものなのでしょうか、季語だったんですね。

 

あれを見ると、父の晩年(とは当時は知らなかった)、その住まいを訪ねた折のことを思い出します。壁を走るそやつを見て、習慣的に私が追おうとすると、たしか母が私を止めて言いました。「その蜘蛛はお父さんが飼っている」と。父も「あれはかわいいのだ」と言っていました。

 

部屋の隅にちょろちょろしている小さな蜘蛛を「飼っている」とは、変な人だったと思います。

なんでそんなだったんだろうと考えてみると、孤独だったのですかね。

最晩年、母と姉の世話になり臥せっていた頃も(その頃の父に私は会っていませんが)、そんな蜘蛛がいたのでしょうか。

 

「壁伝う小蜘蛛友とし父逝けり」

 

として提出しましたところ、尊敬する先輩方から大変かたじけないほどお褒めの言葉をいただきました。