いつか母に、「どうして父と結婚したのか」と聞いたことがあります。母は「明るく楽しい人だったから。そういう人がそれまで自分のまわりにいなかった」と答えました。私は深く納得したものです。父はアル中で夢見がちで調子がいい人でした(それはそれで大変困るのですが)。
一方、母実家は、暗くて厳しい雰囲気。母実家のなかでは、寛大でもののわかった人物だったと母がいう伯母でさえ、わりと厳しい人物だったのを私は覚えています。
結婚前に父が母実家へあいさつに行ったとき、床の冷たさと祖父の眼光の冷たさにぞっとした、という父の昔語りもなんども聞かされたものでした。
とはいえ、かつての大地主も戦後の農地改革(母いわく「農地没収」)などにより、徐々に富を失って家屋敷も売り払い、地方都市に移ることになっていきました。
そういう流れのなかでも昔ながらの家族の流儀は変わらないし、学校の先生からは名士の子女として特別扱いされたり、逆に周囲のいじめに遭うこともあり、母は「旧家出身である特別な自分」がとても嫌だったそうです。
そう言いながらも彼女は「特別な育ち」を生涯意識してもいたようです。組織のなかにあってさえ「自分は違う育ちである」ことを意識し、仲間に言っても通用しないから黙っている、と言っていました。そこにエホバはどんな立ち位置を占めるのか…よくわかりません。
若いころにあれほど嫌がったという選民意識を、結局は自分の生きるよすがとして心に抱き続けて余生を送る。
それはエホバの証人とマッチすることなのかもしれない、とも私は考えます。
エホバは、その証人によれば、特別な民をその他全人類と分かつために、ハルマゲドンや排斥という手段を用意している神ですから。
私の母は、祖父基準での「小作人の子と遊ぶな」には反抗を試みたけれど、エホバ組織の「世の人と交わるな」はOK。しかも心の底で祖父基準を捨てきれずに大事に抱えている…。
反抗しようとしてしきれなかったのか、より狭量になったのか。
なんだか残念な感じがしてしまいます。