「私の考える「やさしい人」とは、倫理にしたがって生きている人である。やさしい人は、常に他人に対する思いやりの心を忘れない。これはとてもよいことだ。
それに、やさしい人はばかではない。それどころか、意識的か無意識的かはともかく、「やさしさ」というのがほんとうはどういうものなのかを理解しているという意味で、非常に賢いといえる。やさしい人は、「情けは人のためならず」ということを理解しているのだ。
哲学には、さまざまなジレンマに直面したときにどう判断し、行動するかという問題を扱う分野がある。これを「倫理」という。
法律や規則、原則や規範は、私たちの道しるべにはなっても、正解を与えてくれるわけではない。
倫理と絶対的真理は、往々にして別物である。これはつねに心に留めておくべきだ。いつだって自分たちが正しく、他の人たちはまちがっているなんて、いえるはずがないのだ。
同じ種だけでなく、他の動物に対しても思いやりを示すのは、地球上の生き物のなかで私たち人間だけだ。
幸せな人生を送りたい、成功したいと願うなら、どう行動すればいいのだろうか?
ほんとうの意味で成功するには、周囲の人への気配り、つまり隣人にやさしくすることが必須の条件だ。自己中心的な人や冷酷な人は、ほんとうの意味で成功することはできない。
私たちはみな、「不公平」という重荷を背負っている。この重荷は、私たちが他人にしてきたこと、他人からされてきたことという、ふたつの事柄とかかわりがある。たとえ何年も何十年も前の出来事だったとしても、心の傷はいつまでも残る。
正しい人生を歩んでいるかを確認するには、次のふたつの質問に答えてみるといい。
最初の質問はこれだ。「もしあなたが75歳だとして、自分の人生を振り返ったとき、楽しい人生だったと満足できるだろうか?」
この質問に「イエス」と答えられたら、あなたは成功への道の半ばにある。答えが「ノー」だったら、ものごとを考え直す必要がある。
次の質問。「余命一年と宣告されたら、あなたは何をするか?」
今の生活をそのまま続けたいと思ったら、あなたは正しい道を進んでいる。そうでなければ、少し考え直したほうがいいだろう。
目標に向かって努力して、それが達成できたとしても、手にするのは虚しさだけだ。さらに新しい目標に向かって邁進しても、ふたたび同じ虚しさが生まれる。
だが、自分にとって意味があると心から感じていることに集中すれば、虚しさとは無縁だ。代わりに、正しい道を進んでいるという実感、意味のあることをしているという実感が得られる。
「仲間が自分に何をしてくれるかを問うのではなく、あなたが仲間のために何ができるかを考えよう」
このような姿勢でいれば、周囲の人に求めるよりも、ずっと多くの見返りが手に入る。人生に成功をもたらすのはこうした姿勢なのだ。なぜなら、私たちは他人を成功させることで、自分自身も成功できるからだ。」
ステファン・アインホルン「やさしさという技術」から抜粋して引用
最初だけイイ顔されて
途中で調子に乗られて
最後に踏みにじられる
世の中 よのなか ヨノナカ
あなたも僕も誰しも誰だって
その前提の上で
ホンマモンだと
ということで
よろしゅうに