能楽の会はなんとか終わりました。

帰路、見晴らしのいいレストランでお夕飯を。

富士山が刻々と消えていくのを見ながら。

 

今日はゆっくり体操クラブにいって、午後は懸案の補聴器をもっていつもお世話になっている眼鏡屋さんへ。

昨年11月、オーストラリアの女性が補聴器をもってきてくれたのです。

彼女が高校生のとき、今年社会人になったPちゃんの学校にたった一週間だけきたのですが、そのとき、Pちゃんと一緒に我が家に泊って、ここから学校へ通った少女。

その後、Pちゃんとはずっと交流があって、彼女が日本にきたり、Pちゃんともう一人の孫Aちゃんと彼女を訪ねたり。

彼女も大学を卒業して、今は補聴器の仕事をしているとか。

そして、私が難聴気味であることをPちゃんに聞いたらしい。

 

そして昨年日本にやってきたとき、その補聴器をもってきて、私の耳に合わせてくれたのですが、使い方がよくわからないまま、変に動かしたのか、ますますわからなくなってしまって今まで使っていませんでした。

 

私は自分が難聴とは思わないのですが、朝ドラを見るとき、聞こえない、といってボリュームをあげます。

また、夫があっちむいて話す・・とか向こうに行きながら話すことは聞き取れない。

聞き返すので、夫は私が難聴だ、といいます。

あのいただいた補聴器、気になりながら、なかなかお店に行けないでいました。

 

謡の会も終わったし、行ってきました。

いつも眼鏡でお世話になっているお店に。

 

そちらではそのブランドの補聴器は扱ってなかったのですが、店長さんが補聴器の扱いの資格もお持ちで、できる範囲の対応してくれました。

 

基本的なことはわかっても、やはりメーカーが違うと細かいことはわからない、とおっしゃって、ネットで私の補聴器の説明書を出しましたが、英語。

ぼく、英語はあまり・・・と言いながら数枚プリントしてもってきましたので、記念にもらってきました。

彼は、Vちゃんの説明以上に詳しく、わかりやすく(日本語だからね)説明してくれたので、そのあと、ずっと耳にいれています。

でも、今までも聞こえてると思っているので、効果があるのか、ないのか判断できません。

 

大学生のY君が学校帰り、夕飯を食べにきました。

彼の声は低いうえにとても小さい。だからよく聞き返すので、お、いい判断材料がきた!と思ってすぐ、「なにかしゃべって」「・・・」「今日大学で何してきたの?」「試験」「なんの?」「なんとかとなんとか」

聞こえます。

ああ、やっぱり補聴器の効果あるんだ、と思った次第です。

 

明日の朝、「ばけばけ」を見るとき、ボリュームをあげるかどうか、ですね!

今、夫がテレビをつけました。

うるさい。ボリュームをさげました。

どうも、効果があるようです。

 

じつは、眼鏡屋さんの店長がセットしてくれたのは左側の雑音がひどいので、帰宅してから自分で調節してみました。

(そのやり方も店長が教えてくれたので)

今は、快適です。

 

店長さん、ありがとう。

Vちゃん、ありがとう。

 

P.S   実は店長さんがいろいろやっている間に待っている私の席のカウンターには補聴器の宣伝のチラシが貼ってありました。

2,30万は軽くするんですね。

でも、Vちゃんが持ってきてくれたのは、オーストラリアでは耳が聞こえにくくなったお年寄りに無料で配ってくれる物だそうです。

だから、きっとそんなに高価なものではないと思うのですが・・・。

このまま、快適に続けて使えたらいいなあ。

 

 

 

「海士」という謡を習っています。

今度、会で謡うので毎日稽古しています。

 

どんなストーリーかというと、讃州志度の浦(香川県の志度町)と言うところに房前の大臣がやってくる。

自分の母がこのあたりで死んだ、というのをきいて、供養にやってきたのだった。

 

そこへ、みすぼらしい海士が登場。実は大臣の母の幽霊。

実は房前の父大臣が、唐土から三つの宝をもらったのだが、その一つが海中の龍宮へとられてしまう。

なんとしてもその宝を取り戻したい大臣が、身をやつして浦へやってきて、海士と契り、一人の御子を儲ける。

大臣は海士に龍宮から宝を取り戻してほしい、と頼む。

母はこの子を世継ぎの位にしてくださいますならば、と体に縄をつけて龍宮へむかう。

私がこの縄を引っ張ったら、ひきあげてください、と頼んで。

宝は龍宮の奥におかれ、周りをたくさんの八龍、悪魚などが見張っている中を、海士は珠をとることができた。

しかし、悪龍たちは追いかけてくる。悪龍は血の匂いが嫌いなのを知っている海士は、自分の乳房の下をかき切って、玉をそこへ押し込み、縄をひっぱるが、悪龍に切り刻まれ、死んだようになって引き上げられる。

大臣は「珠も戻らず、海士も死んでしまった」と嘆くが、海士は「わが乳(ち)のあたりをご覧ぜ」と息も絶え絶えにいう。

・・・そして、「わたしこそ、あなたの母海士人の幽霊よ・・」という。

 

わたしは、このあたりになると涙がでて謡えなくなるのだった。

でも、何十回稽古しただろうか、漸く、やっと涙声にならずに謡えるようになった。

明後日、会で謡うが、涙声になりませんように。

 

 

昨日と一昨日と二日続けて東京へ行った。

渋谷、ずっと工事中だけれど、終わったらどんな街になるのだろう。

 

 

昨日は日比谷公園のホールで落語会。

こちらも高い建物が林立しているが、もう工事は終わったらしい。

 

東京駅だけは外見は昔のまま。

そのステーションギャラリーで小林徳三郎展があったので、観てきた。

油絵だけでなく、松井須磨子などの舞台装置のデッサンのようなものとか、いろいろ、楽しく見てきた。

油絵のなかで興味深かったのがわが子を描いた絵。

 

 

この子供たちの表情。

どうしたんだろ、この子達。

「ぼーっとしてないで外に行って遊んでらっしゃい!」とか、「宿題終わったの!」なんていうお母さんの声が聞こえてきそうな絵たち。

徳三郎父ちゃんは、子供の生き生きした顔でなく、こういうぼんやりしてる絵を何を思って描いたのだろうなあ、と。

 

その後、友人夫妻と会って、山形料理のお店「Daedoko」(たぶん、台所の山形風発音)で山形の郷土料理「いもこ汁」などをいただいて、日比谷公園まで歩いて行って落語。

私と同年代、それ以上の人たちが毎年この時期にチャリティー落語会を開く。

噺家は毎年同じで三遊亭兼好師匠。

ほんとに面白い。声をたてて笑った。

落語って、おおいに笑って、終わってからもほのぼのとしますねえ。

また来年も、ぜひ開いてね!