昨日、お昼を食べた話をかいたが、

その前に、尾道の商店街をぶらぶらと歩いたのだった。

アーケードの続くレトロな雰囲気を楽しみながら。

ラーメン屋さんがたくさんあって、でも行列を作っている店といつでも入れるお店といろいろ。

それらを通り過ぎてたどりついたのが、尾道映画資料館。

夫映画ずき。ちゃんと調べていたらしい。

 

この中は撮影禁止なのでご紹介できませんが、小津安二郎の東京物語の写真など、懐かしい写真が展示され、一部映画も観られました。

でも、「尾道といえば、大林信彦でしょう」という娘の言葉のようにはいかず、大林信彦の作品は全くありません。

「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼ」などという彼の三部作といわれるもののパネルもなし。

 

そのあとオコゼを食べたお店で夫が、どうして大林監督の作品はないの、と聞きました。

「資料館を立てるとき、大林監督と意見の違いがあって、彼の作品は展示しないことになった」と。

「生まれはそこのお医者さんの息子なんですがね」と。

この話はその後、ほかでも、聞いたので、どうも本当らしい。

せっかく行ったのに、見られなくて映画好きの夫には残念であったろう。

 

これは商店街の中の映画館の入り口。

上映している映画は新しいんだけれど、こんな看板はレトロでいいね。

 

さて、お昼を済ませて、山を観れば、ロープウェーがみえる。

乗らねば。

私は往復ロープウェイだったが、夫は帰りは歩きで。

階段を降りるのがとても大変だったらしく、疲労困憊で帰ってきた。

私はロープウェイでのんびり写真を撮る。

 

 

 

 

以下は夫が撮った写真。ロープウェイのてっぺんかから、徒歩で降りるとこんなふう。

 

このような立て札はいくつか。

 

 

千光寺、平安時代の創建とのことで、一番古い寺、三寺の一つ。

山の中腹に建っていて、下からも望める。

 

 

はあ~、やっと着いた!(夫のため息)

 

さて、港のすぐそばのホテルで、部屋からは船がたくさん見え、なかなか楽しい。

レストランも、発着する船を見ながら、お夕飯。

 

食後、散歩。

 

海沿いにいくと倉庫を改装したところがあり、この奥はサイクリストのためのホテルにもなっているのだとか。

 

コーナーに分かれていて食事ができる、この先はお土産売り場もあったが、もう終わっていた。

私たちは食事が終わっていたので、このお酒を作るコーナーに案内された。

かっこいいおにいさんが、氷をいっぱい使って、しゃっしゃっしゃと見事な手さばきでお酒を作るのを、うっとりとみている79歳ばあさん。

みたことないから面白い!

お酒の注文が途切れると、ちょっとおしゃべりも。

なかなかすてきな空間だった。

 

と、こんなふうに夜は更けていく。

そして今日の歩数が一万歩を超えていて、私の膝、大丈夫かしら、と急に心配になる!

つまり、明日の仕舞、ちゃんと立てるだろうか、と。

数日前から痛くて立てなかったのだった。

歩くのは大丈夫なんだけれど。

 

湿布薬をべたべた貼って寝た。

一日目終了。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広島県の尾道市へ行ってきました。

二泊三日です。

二日目に浄泉寺という大きなお寺で仕舞の会が催されるので、一日目は観光。

弟子たち二十数名はてんでんばらばら、二日目の開始時間までくればいい、という感じなので、夫と二人、街を歩きました。

まずは腹ごしらえ。ラーメン屋さんが多い。行列を作っているところもあれば、閑散としているお店も。

でも、夫は「おこぜ」が食べたいのだとか。一軒目では「連休後で、今日はないのよ」と言われ、二軒目では「高いよ」と言われ。

でも、から揚げにしてくれた。

夫が出張でこの瀬戸内海の街にくると、現地の方がよく、おこぜを食べさせてくれたんだとか。

「お前の顔はおこぜに似てる」と言われながら♪

だから懐かしさで、どうしても食べたかったらしい。

こちらのお膳は5000円ぐらいだったかな。

私は1800円ぐらいのお刺身とてんぷらのお膳。もちろん、オコゼはない。

さ、腹ごしらえもした、散策しよう。

 

 私は、尾道というのは、「林芙美子の生まれ故郷」と「急な石段にそって家が立ち並ぶ街」ということしか知らなかったのです。

 

帰宅した時、駅まで迎えに来てくれた次女に、そういったら、林芙美子って誰、といわれ、びっくりした。

彼女はかなりの読書家なのに。

「それより、大林監督は?」と聞かれて、へえ、今や、林芙美子に代わって大林監督か、とわたしもびっくり。

あ、林芙美子というのは、戦前の女流作家。

夜も更けてまいりました。今宵はこれにて。

 

 

 

 

 

 

世界各地で戦争が起こり、日本でも高市政権になってから、広い範囲の武器の輸出を認めたり、なんだか心配な動き。

11年前の今日、9月11日は、国民の多くの反対と憲法学者の憲法違反という意見を無視して、安倍政権が強行した安保法案が成立した日。

安保法制はもちろんのこと、それに基づいて財源の当てのない膨大な軍事費を計上しようとしている高市政権。

私は昭和22年生まれ。平和憲法が施行された年、つまり平和憲法に一番長く守られてきた本当に幸せな世代。

子どもの世代、孫の世代、大丈夫か?と、国会議事堂の前で行われた戦争反対の集会にいってきました。

 

雨模様の日なのに、たくさんの人々が集まっていて驚きました。

そして、驚いたのが若い人の多いこと!

私は憲法記念日の集会にもときどき行ってましたが、年寄りのほうが多かった。

それが今日は年寄りより、若い人の多いことにびっくりしました。

 

そうだよね・・・、若い人がもろ影響受けるんだものね。

自分のこととして受け止めていることに頼もしさを感じて帰ってきました。

 

そして、わが家の若者から写真が送られてきました。

友人たちと着物で歌舞伎を観に行ったとか。

三人とも着物初体験!

わが娘は私の着物と婿殿の母上の帯で!

着物はそういう事ができるからいい。

本当に、こんな平和な生活がずっとずっと続きますように!