地元孫は、生まれた時に不具合があって、すぐに個人産院から総合病院に移りOPした。
OP跡は残らないように上手くして頂き、現在は健康そのものである。
しかし、息子夫婦は予後も気を使い、「健康第一」に大事に大事に育ててきた。
育てる過程で、他の孫が受けている毎晩の絵本読みや良いと思われる経験について話したが、共働きもあってかなかなか実施出来ていなかったようである。
孫は、素直で気が優しく思いやりのある子に育った。
しかし、競争心や積極性やチャレンジ精神には、薄い子であった。
小学生になっても、母親べったりの甘えん坊で、初めての事柄には戸惑いが強かった。
幸い、幼児期から書道を習っていたことから、一点豪華というか、そこを突破口に自信を育てるように声掛けてきた。
孫が唯一鍛えてきた筆使いの良さは、写生大会でも活かされ何度か受賞もした。
で、肝心の学力は、、、遅々とした歩みながらもちょっとづつ、、、かな。
「国語」は、今でも苦手という。
(国語を通して全ての科目を習うので、かなり不利な状態と言えよう)
乳幼児期の「読み聞かせ」が、充分でなかった影響と、私は密かに思っている。
いわゆる、「モンテッソーリの言う〝敏感期(あることを習得するに、適した時期)〟」を活かせなかったのではと考えている。
(森に捨てられ狼に育てられた少女カマラは、7歳で発見されたが、9歳までに言葉は45だけ覚えた。通常は3歳で2000語を覚える。)
私のアドバイスは、ふつうは「姑の嫌味、または口出し」である。
教育熱心な女兄弟とは、子育てで目指すものが息子夫婦は違っていた。
平凡でも、温かい家庭を望んでいたのだろう。
(受験期の孫への娘たちのキンキン声は、確かに聴き辛かった)
今では、学習の進度は分かり易く数字や形で表され、それを元に子どもの教育に向き合う息子夫婦である。
私は、便利にいろいろ頼られるようになっていて、今出来るだけのことはしている。
ただ、末っ子孫であり、いつまで体力が持つかは、神のみぞ知るのである。