昨年、80代のN子さんが脳梗塞になった。
凄いと思うのは、血管が切れた瞬間が分かったということである。
そこですぐさま、今のうちにと10数キロ離れた街中のホームドクターの医院まで自分で運転していったそうな。
間違いなく脳梗塞と言われ、院長は大きな総合病院を手配してくれた。
N子さんが自分で総合病院まで運転していくと言い、さすがに院長に止められて救急車で行ったという。
その後、オペしてリハビリは3か月行ったが、私がお会いした頃は以前と全く変わりない様子で聞かされるまで想像もできなかった。
しかし、N子さんの生活は一変した。
医師から「脳梗塞をしたら、2年は運転しないように」と言われ、すでに80代のN子さんを心配したお子さんは車を処分した。
N子さんは若い時から教職にあり、もろもろの組織や団体を立ち上げ、退職後も何十と言う役職を持ち、毎日複数の会議に出席していたが、車がなくてはそれもかなわず全てを後進に譲った。
ボランティアで繋がっていた私は何度かN子さん宅に伺い、必要時には車を出すこともある。
行動を共にする機会が重なって、N子さんには確かに脳梗塞の後遺症があることが分かった。
昨夏に、麦茶をぶちまけた。慌てたのか、躓いたのか。
一緒に床を拭きながら、彼女の行動が以前の様に手早くないことに気付く。
コピーを取る手順が、悪い。いろいろが、ゆっくり過ぎる。
気の短い私は「代わりますから、やめてください。」という失礼な言葉を飲み込んでいる。
私だって、少しづつ手が遅くなっているはずである。まだ、職場から「今年で、ご苦労様」と言われるほどでないだけだ。
彼女は、身分証明書として便利な免許証だけは返納していないという。
私も、その時が来たらそうしようと思う。