静かな正月を過ごしたいと、元日、宿に六十代のご夫婦が泊まりに来られました。
夕食は、地元の野菜と川魚を中心に、冬らしく鍋ものを添えました。
卓がひと段落したあと、囲炉裏端で少しお茶を出していると、ご主人がふと「ここ、時間がゆっくりしていていいですね」と言われました。
奥さまも頷いて、「こうして静かにお正月を迎えるの、久しぶりです」と笑う。こちらとしては、そう言っていただけるのが何よりの励みになります。
話は自然と同年代の話題に流れていきました。
「若いころ、何聴いてました?」
そんな一言から始まって、当時流行った歌の話で盛り上がったのです。
紅白の話、カセットに録音したラジオ番組の話、レコード屋で順番を待った話。
曲名を口にすると、三人とも同じところで「懐かしいなあ」と笑ってしまう。
歌って不思議で、ただ名前を聞いただけで、その頃の匂いや風景まで一緒に戻ってきます。
映画の話も出ました。
若い頃に観に行った名作や、友達と並んで映画館の暗い階段を上った記憶、帰り道に内容を語り合った夜の空気。
「結局、あの頃の映画って、今観ても背筋が伸びるんですよね」
ご主人のその言葉に、私も思わず深く頷きました。
時代は変わっても、心に残るものはちゃんと残る。
そういう感覚を共有できる相手がいるのは、なんともあたたかいものです。
気づけば、話は“当時の自分たち”へと戻っていきました。
仕事を覚え始めた頃の苦労、家族のこと、夢中で走っていた日々。
どれも愚痴ではなく、どこか誇らしさを含んだ語り方だったのが印象的でした。
歳を重ねるというのは、過去をただ懐かしむだけじゃなく、ちゃんと抱えて生きることなのだと、あらためて教えられた気がします。
夜更け、囲炉裏の火が少し落ち着いたころ、ご夫婦は「いい夜でした」と言って部屋に戻られました。
玄関の戸が閉まったあとも、私の胸にじんわりとした温かさが残っていました。
新年の宿にはいろんな形の“賑わい”がありますが、こうして同じ時代を歩いてきた人と、歌や映画の記憶を辿りながら笑い合える夜も、立派なお正月のごちそうだと思います。