昨日はTジョイプリンス品川で、伊藤詩織監督「Black Box Diaries」を舞台挨拶付きで観た。
率直に言ってとても良かった。
素晴らしい作品だった。
この作品をを観て行く中で一番最初に思った事は、ポリタスTVで知って、今読んでいる「集団浅慮」と地続きの話なんだなって。
そう感じられた所から、すんなりと入り込んで行く事が出来た。
逮捕状の事を思うと、ああいう事があった上に、大川原化工機事件が起きたり、国家権力としての酷さと愚かさが凝縮されていた時期でもあるんだなと思うし、この映画を観ていると、点と点が一つの線になって行くという感覚を覚えながら観ていた。
ジャーナリストと被害者の狭間で、そして映画監督して揺れ動くその姿や滲む感情が剥き出しになっていたからこその当事者としての遣る瀬無さ、映画としての凄まじさを実感せずにはいられなかった。
心の中での鬩ぎ合いがいかに過酷であるのか?というその一例がここにはあったし、生きて行くその記録は、魂だったりその志が生と死の狭間で鬩ぎ合っているようにも感じられた。
生きて行くために撮っているのは言うまでもないんだけど、途中観ていて遺書を残すための記録に感じられた所もあって。
それは当事者じゃないと分からない事だからこその苦しみが強くあるからこそだし、でもその事を知っておく事は大事で、その魂や心に丁寧に寄り添えたらと思わずにはいられなかった。
性被害と戦争加害、被害の当事者の根底にある物が重なり合っているように近年特に感じている。
その物事がなかった事にされたり、そもそもこの出来事がなければ、人生そのものが違うという事は言うまでもないから。
当事者としての悲しみと苦しみは当事者にしか分からない事は当然踏まえなくてはいけない。
苦しみや絶望を抱えながら生きて行く事で変わって行くその景色を感じる事で、自分の人生を生きて行かねばならない重さをこの映画を通して改めて考えずにはいられなかった。
悲しみと絶望が深く滲んで行く中で時に感じる良心には思わず泣けてしまう位、グッと来る物があったし、変わってしまった景色をまた変えて行こうとするその姿や行いに釘付けにならずにはいられない物があった。
特にあれだけストレートに良心が爆発しているあの瞬間にはどうしようもなくやられたし、良心のその先でこの国の現状が浮き彫りになっていて。
その優しさも持ち合わせている志に完全に打ちのめされたし、あまりにも遣る瀬なかったけど、良心をストレートに言葉を表す事で魂や心を震わせるからこその力強さ、その凄まじさに涙が止まらなくなってしまった。
この映画を作って行く事=魂や心や景色を取り戻して行く作業でもあり、ジャーナリストとして、被害者としての現在を刻み込んでいるようにも感じたし、この国の近年の流れや社会を改めておさらいする良い機会にもなった。
この映画に於ける費やさなくてはならなかった歳月を感じると、遣る瀬無い物が強く残る。
それでも映画を作り、語る事でなんとか折り合いをつけながら、現在を映し出す事である種の未来への引き継ぎをしているようにも感じた。
当事者としての生き様、心の揺らぎや鬩ぎ合いを感じる事は、映画を観る上での醍醐味と言っても良いと思うので、映し出されていた事をしっかりと心に留めておきたいと思う。
映画が公開されて、誰かが観る事でその人の物になって行くと言う事を普段は意識しないんだけど、今回ばかりはその事を意識せずにはいられなかった。
色々と言われているけど、だからこそ観て良かったなと思った。
生きてる以上、その人それぞれのドラマがある。
軽く扱ってはならないし、簡単に美化してもいけないけど、その人の人生や生き様、魂や心を感じるという所では文句無しで抜群に素晴らしい映画でした。



