どこか買い物にでも行こうか…いや、先週から忙しくて残業ばかりだったからたまには早く帰ってゆっくりしよう。
そのまま駅の改札に向かい、電車に乗る。
いつもはサラリーマンやOLしか乗っていない電車が、おばあさんやおじいさん、子連れのお母さんが乗っている。
普段より時間が少し早いだけで、こんなにも違うのかと驚いた。
まるで別空間に来たかのように車内が賑わっていた。
つり革に掴まり中吊り広告をぼんやり眺める。
それから携帯をチェックする。
Facebookを開くと友人が籍を入れた報告をしていたのでイイねを押して携帯をしまった。
私もそろそろ彼氏でも作らないとな…でも仕事したいし…
彼氏のペースに合わせるなんて面倒。
こんなんだから結婚できないな…少し自虐的になり口元が自然と緩んでいた。
私だってそれなりに過去に彼氏はいた。告白もしたことがあるし、されたことだってある。
結婚を考えた人だっている。
歳下だったけど、とても優しくてあったかい人だった。
その人とは地元が同じということもあり、今でも連絡を取り友達としてご飯に行ったりスポーツ観戦に行ったりなど良い関係で親しくしている。
でもタイミングが合わなかったのか、お互い今だに1人だ。
でも、今更また付き合おうとかそーゆーのも何となく違う気がして口に出したことはない。
向こうもきっと、また、付き合いたいと思ったことはないはず。
まーこのまま友達として遊んでる分には楽しいからそれが続くといい。
そんなことを考えていると地元の駅に着いた。
見慣れた駅。
もうここに住んで5年が経つ。
改札に続く階段の位置もわかりきっているので、いつも電車の扉が開くと目の前に階段。
もしかしたら、目をつぶってでも改札を抜けられるかもしれない。それくらい慣れた場所だ。
あれ?雨だ…
改札を出ると雨が降っていた。
予報では夜中から降り出すと言っていたのに。
バッグの中を漁ると折り畳み傘を発見し広げる。
こんな時のためにいつも持ち歩いていて、私ってさすが!と少し喜んでいると突然後ろから男の人が
「入れて!」と
私が持っている傘の柄を私の手と一緒に掴んできた。
驚いてその人の顔を見ると、さっき思い出していた彼だった。
「途中まで入れて!同じ方向じゃん?」
とニコニコとイタズラな表情で私に問いかける。
掴まれた手がなんとなく恥ずかしく
『え~、なんでっ…じゃあ傘持ってよ』
と手を離そうとした。
すると「いいじゃん、俺だってこうやって持ってんだから!」
そーゆーことじゃないし、恥ずかしいんだし…と心の中で叫んでみたが、動揺するのも悔しいので悟られまいと無視して歩き始めた。
彼の肩と私の肩が微かに触れていた。
そこが気になって歩き方が変になる。
「いやーラッキーだったよ、傘忘れちゃってさ。ほら、予報じゃ夜中って言ってたし。だからヌナ見つけて良かった!」
『ねぇ、傘小さいから私のこっち側の肩濡れてるんですけど。』
照れ隠しで冷たい言葉をかける。
「え?嘘!ごめん、ほらもっと中入って」
そう言って私の肩を抱く。
『ちょっ!あんたがもう少し外側行けばいいじゃん!』
「えー!俺が濡れちゃうじゃーん!」
『うるさいな、暑いから近づかないでよ』
「でも濡れる方が嫌でしょ?だから、ほら。」
こんなやり取りをしていたら、突然彼がさらに強く肩を抱き、自分の方に抱き寄せる。
『ちょっ!何…』
その瞬間後ろから傘を差しながら片手運転をした自転車が私の横を通過した。
「危ないね。あんなヨロヨロして。傘さすか、チャリ乗るかのどっちかにすればいいのに。大丈夫だった?」
そう言って彼は少し屈んで私の顔を覗き込む。
顔が熱い。そんな近付かないで。
『あ、うん、その、大丈夫!大丈夫だから!ほら、帰ろう!』
私は方向を変えて歩き出す。
彼は、なら良かったと言って一緒に歩き出した。
近況や昨日開催されたサッカーの試合について話しているとあっという間に私の家の前に着いた。
彼の家はどんなに早歩きをしてもここからあと10分は歩く。
『傘、いいよ。持って行って。今度会う時返してくれればいいから。』
そう言って、彼に私の水玉模様の折り畳み傘を差し出した。
「お、本当に?ありがとう!じゃあ代わりにこれを貸してあげるね。」
彼がおもむろにバッグの中から細長くて黒い物を私に差し出す。
受け取って、よく見ると折り畳み傘だった。
『え?何これ…え?は?傘持ってたの?』
「あー…うん(笑)改札で見つけて一緒に帰りたかったからさ。」
何それ。どうゆうこと?
驚いて顔をあげる。
「いや…俺も素直じゃないじゃん?だからさ、こーゆーきっかけないと相合傘もできないわけ。そして、ヌナもとっても鈍いじゃん?ハッキリ言わなきゃじゃん?」
相合傘…確かに初めてしたかも…
じゃなくて、ハッキリ言わなきゃじゃん?って何を?
もしかして…
さすがの私も次の言葉を期待してしまう。
彼の目を見て次の言葉を待つ。
………
「その顔。わかったんでしょ?俺の言う言葉。じゃあ言わなーい!恥ずかしいもん、俺だって。」
『何でよ!わかんないよ!言ってよ!』
「やだよーだ!じゃあ、またね!傘ちゃんと返すから~」
そう言って彼は逃げるように小走りで雨の中に消えていった。
私は悔しい気持ちで彼の背中を見送った。
なんだよ、言ってくれたっていいじゃん!もぅ!だいたいね、傘持ってるなら自分のを使えばいいのに…
手の中にある彼の黒い傘を見ると傘とは違う何か柔らかい感触を感じた。
え?
その柔らかい感触の物を見た瞬間、期待が確信に変わった。
そう。
それは見覚えのあるストラップ。
昔、いつか結婚できたらいいねとお揃いで買ったストラップが付いていたから。
fin