★「男性保育士のオムツ替え論争」

 この論争は昔からありました むずかしい問題ですね

男だから女だから・・ではなく 性とセックスにたいしての

大人の人間としての理知と感情が 入り込むからですね

【オムツ替えは 男性保育士にさせないで・・というのは

時代に逆行・性差別化だと単純に言えない問題】なんです

 

 こちらでも毎年燃えては消える 種火は残るそうです

そりゃあそうだろう ズバリと答えがでるわけないのだから

夫婦共稼ぎだが 子育ては・負担の割合は母親が当然だとの

考えを持っているダンナのほうが多い 日本人だけではない

オムツ替えだけは 男の保育士にさせないよう個別に対応

している施設も こちらでは多いのです

 

別にいいじゃないか という意見の人たちは じゃあ女の

保育士が 男児のおむつ替えをするのはどうなんだい・・

そんなにイヤなら家庭保育にすればよい・・と

しかしこれは質問に対して答えずに 違う質問をするのと

同じことで 何ら答えにはなっていないんです

 紫が思うに・・すべての親が満足できる 解決策はない

施設の数・保育士の人数を増やせばよいという問題でもない

施設・経営者間のストレス 保育士仲間でのストレス・・

保育士が少ないと言われているけど 男女問わず保育士で

あると同時に人間なんですよ

さまざまな問題が潜んでいて 退職する保育士も多い

プロなんだから 何でもするべきだし・しなければ・・

との外野の意見も多い・・

だけど当人たちは したいけどできないこともある

苦手業務だってある 保育士だけではないですよね

 

★対話不足 親・保育士・経営者間の意思疎通が足りない

その結果★信頼関係が薄れている 男でも任せてみようとの

思いに至らない・・とはいっても イヤなものはイヤなのだ

【オムツ替えだけではなく 着替えの時も女の保育士に

任せればよい 専門性というのはこのようなことを言う】

★もう一つは やたらと異性に見せるものではないとの

思いを 子どもたちに抱かせることだ

これは子ども心にも「オムツ替え・着替え」の時とかは

必ず女保育士で どうして男の保育士ではないのか との

疑問を抱くようになってきて これが「羞恥心」に繋がり

大人になった時に 必ず良い結果をもたらすことにもなる。

おわります。

この番組は こちらでも人気がある(会員になる要が)

私も興味のある内容の時は 管理人の娘に頼んで録画して

もらう この娘目がくりっとして日本語で言えば容姿端麗

オッいやいや胸だってあ~た なかなかのものでして

スケベなワガハイは ついつい腕を伸ばしたくなる

ヤロ―の友人は数人いるようだが 特定の恋人はいない

ブログ記事を書く時は 業務もなく私も部屋にいる

そん時は 娘も現地妻のように部屋の隅から隅までキレイに

してくれる・・が そこまででワガハイのスケベ倫理規定に

反するようなマネはなしだ どこへ行ってもモテモテの

ワガハイだからして 娘も不満のようだがマジメでスケベな

ワガハイは知らんふりで・・いやいやホントはそうではない

そうではないのだが・・もしも職場の憎ったらしい娘どもに

バレたら袋叩きにされる これが恐ろしいので・・

どうもそのぉ女の話になるとネがスケベなワガハイなので

本題から外れてしまう 申し訳ない

 

 第54回「その"便利"、必要ですか?〜追跡!

「サービス激化」の裏側」

http://www.tv-tokyo.co.jp/gaia/backnumber3/preview_20170221.html

 

しかしまぁ受託運送業者のドライバ―も過酷な職種で

同情します どこの国でも同じで日本だけではないのです

最後まで見ましたが・・荷物を受け取る私たちの意識改革に

ついては あまり触れてはいない。おわります。

参考までに 下記の過去記事をどうぞ。

http://ameblo.jp/b012/entry-12239566020.html

 

 

 

 今回は紫を殺人者にしたてての 短い妄想物語の感想です

このブログ最初からの読者は ヒネクレ者の紫が今回は何を

血迷ったのか・・と思ったことでしょう

なので ついでだからヒネクレ者紫を絞首刑にして この

「思いつくまま勝手気ままに」も ハィッおしまい・・

おっとっと感想がまだでしたね・・

 皆さんは 被告人紫の陳述内容よりも 言外で紫が

何を言わんとしたのか・・を思われたことでしょう

その言外について・・を 私なりに考えてみたい

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 今の日本は 実際の戦争経験のない70歳代の日本人が

多くなってきましたね

現実には 堪え性のない戦争を知らない大人たちが 人が

苦しみながら死ぬのを見たかったと 平気で簡単に人を殺す

無差別・性的暴行などの快楽殺人者が次から次へと・・

法廷での判決も 殺された人その家族たちのココロの痛み

なんぞ所詮は他人事 戦争を知らない大人たちが人を裁く

 

何か 恐ろしくなってきます

戦争など 知らない・知る必要のないオトナにとっては

クチでは「人命は地球よりも重い」・・と 言ってはいるが

ホントのところは 自分・自分たちにとって都合の良い

利用価値のある言葉だから 使っているだけなのでは・・

 

 後になりどのような刑罰になるのか・・との罪の意識も

なく行為に及ぶ危険性は すべての人間のココロの深部に

潜んでいるのではと思います 

だれもが潜在的被疑者となるのです 現実にそうなるのは

堪え性のない人たちなんでしょうね

 

 潜在的被疑者が堪え性のない被告人とならないためには

法に触れる行為をすれば 厳罰がまっている・・と

震えあがらせる要がある

精神鑑定は「正常な判断能力はあったか・責任能力の有無を

調べる」結果として「心神喪失者の行為は罰しない」と

刑法391項が言わせることとなる

精神鑑定の乱発と言えば言い過ぎで厳罰にしたとしても

刑事事件がゼロになることは あり得ないだろうけど

この現行の精神鑑定制度は見直すべきで 堪え性のない

被告人に精神鑑定の必要はない・・のではと考えています

つまりは 量刑を軽くする要はないということです

 

 弁護人・検察も そして報道から知るところの私たちも

精神鑑定をすれば量刑が軽くなるのだ 被告人となっても

何とかなるだろうと すべての人々が集団催眠のように

社会的に洗脳され堪え性のない被告人となる危険はないのか

自動車で交通事故を起こしても 保険があるから・・と

同じようなものです

今の日本は ホントに平和なんでしょうかネェ・・

法廷 おわります。

【刑事事件に於ける被告人への質問と被告人陳述】

【裁判員裁判である】

 

★被告人紫の殺人 についての「判決」

「紫の殺人事件について 判決を言い渡します」

「主文 被告人紫・・・ ・・・」

「理由 ・・・ ・・・」  

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 報道各社は 殺人事件の被告人紫に対する司法の判決に

ついて 異例の一面トップ記事で大きく報道・・さらには

社会面において判決についての解説記事を掲載した新聞社も

あった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 皆さんが 裁判官・裁判員であるならば 被告人紫への

判決は どうしますか・・

★被告人紫の言っていることは支離滅裂つまりはへ理屈だ

死刑あるいは無期刑に処するべし・・この判決の場合

弁護人から控訴をすすめられたとしても 被告人紫は

私思うに控訴の意は持たないと思うのですが・・

★殺人を認めた被疑者紫が 自首したのだから不起訴も

できない 死刑あるいは無期刑・猶予つきの刑罰と

するか・・起訴前での処分保留はありうるが 日本の

裁判判決では第二審ではありうる差し戻しでもなく

免訴でもない やぶれかぶれ異例の処分保留とするか

この場合は 判決での処分保留は聞いたこともない

判決上処分保留は異例だし出せるのか・・出せたとして

出した裁判官の意図はどこに 身分はどうなるのか・・

 被告人紫の身分は免訴あるいは不起訴に準ずるのか・・

 検察は どうするのか・・完。

次「法廷5」では 感想を述べてホントの完とします。

【刑事事件に於ける被告人への質問と被告人陳述】

【裁判員裁判である】

★被告人 紫の陳述

 私は無罪であります 如何なる理由でなのか申し上げます

検察は 自殺の原因は性的暴行を受ける以前から精神障害が

あったからなのではと述べていますが それは検察の推論で

ありましょう 反論する気にもなれない

あの男の犯行を裏付ける証拠は 部下の供述証拠で充分で

気を失ったが それまでの相手の顔をどうして忘れることが

できましょう

当然有罪となるべきあの男に 法は証拠がないというだけで

無罪とした 法は無力であります

本来であれば死刑にするべき人間で すでに現実世界には

存在すらない霞のようなもの 人間ではない霞を消滅させた

のでありますから 私は無罪であります

 

 私には実の娘がいます 部下たちも私にとりましては

実の娘同然です その娘が性的暴行を受け苦にして自殺した

相手の男は無罪 親として黙っているわけにはいかない

公の法があるとすれば 私的の法があってよい

私は 道徳・正義からの私的の法を実行したまでです

復讐が復讐を生む 部下は救われるのか・・などは

現実世界に住んでいる 皆さんの推測にすぎない

私にも言えることでありますので お答えしかねます

しかしながら私は部下はこれで安心して あの世とやらで

暮らしていけることだろうと確信しております

 

 日本人は計画的・発作的を問わず 自分の行為に

ついての罪の意識がなさすぎると感じています

日本人の特質で 堪え性がないのです 

 法はあるが無いも同然 たとえば道交法があります

信号が赤なのに飛び出してくる自転車を撥ねた場合でも

過失割合は 自転車8で自動車2なのだそうです

なぜ自転車10とならないのか・・

人命第一弱者救済だとしても 命を守るのは自己責任だ

自分の命は自分で守れ 法を守っている側の人間が罰を受け

法を守らない人間の命をナゼ守らねばならないのか・・

教えていただきたい

法の適用を捻じ曲げた現実が 大手を振ってまかり通る

このようなことをするから甘えがでる

 

日本という国・日本人は ホントに不思議です

自分の命は他人が守るものと信じて疑わない 健常者は

罪の意識もなく悪を実行し 後になり事の重大さに

おののき取りみだすも 相手のことは思わずに自分の罰の

軽さだけを嘆願し 知名度を高めたいがための弁護士と

司法による精神鑑定により 責任能力なしとなり無罪・

それに近い判決がでる これの繰り返しであります

一方では法の適用を厳格にして一方ではそうではない

法による公平さを掲げながら 法の適用を捻じ曲げている

これについては検察と警察そして司法にも 法の適用に

ついて責任の一半があるのではと私は感じております

 

 たとえ民間人より相談を受けての捜査ミスが司法警察に

あって 疑わしきは罰せずとなっても 自殺した部下と

ストーカー被害を受けていた女性たち複数の供述証言も

あり あの男の性的暴行については厳然と存在するのです

犯行に及んだのがあの男ではなく別の男だったのか ならば

ナゼ 今もって逮捕されないのか・・教えていただきたい

本来は法が裁くべきなのに裁けないのだから 法は無力

私が替りに裁いただけのことで 精神鑑定も何も必要なく

私は無罪であります

次回は 殺人者紫への判決です。