.【宮城県石巻市大川小学校の損害賠償控訴審】で

  裁判所が 最初に審理しなければならないのは

  責任問題・賠償額ではなく

【人間は 自然災害に勝てるのか】なんです

                           

審理以前の審理すべきことが抜けている

高裁は地裁へ差し戻すべきだった

本来は地裁で審理すべきことなのに津波予想の有無と

責任と賠償の話だけに終わってしまったからだ 

 

 【人間は 自然災害に勝てるのか】については

通念上暗黙の了解があるだけで 人によって考えが

さまざまで 判例も条文もないのだ

【自然災害よりも人間の智慧・技術が上位にあるか否か】

 を明らかにして その次に【事前事後の対応責任】の

審理を経て【責任があるなら賠償額】の審理にうつる

ことになるのが順序だと考えますが……

 

.だが裁判には いくつかの約束事がある

「裁判所側」から言えば 裁判は流れ作業のようなモンで

「自然災害に人間は対応できない」と心やさしい裁判官が

心の中でブツブツと言っても 山ほどの裁判を抱えている

裁判官・裁判所は 訴状に書かれていること以外について

審理の要はないのだ・・しかし理屈を捏ね回せば・・

【人間は 自然災害に勝てるのか】この裁判での大前提は

このことの審理があって 次の段階に移行すべきであり

裁判のル-ルに反しているとしても 地裁は大前提から

審理するべきであった

 

「被告側」からすれば 戦略戦術不足だった

原告が責任と賠償額での訴訟をしてきたのなら 人間と

自然についての考えかたを 最初に審理するような法廷

論争にもっていかなければならなかったのでは……

 

大川小裁判2/2

 

【自然災害は二種類ある】

1. 噴火・津波・地震など 人間に責任を負わせられるか

2. 自然の造形物に人間が手を加えたもので これは多分

人に責任を負わせることができる しかし絶対ではない 

「人間の責任について12を 厳然と区別できるのかと

いえば」……?なのでは

 

【自然の猛威発生襲来の予測・対策と襲来後の処理】

襲来後の後始末をどうするかは結果論で論外 問題なのは

【予測と対策でしょう 判例で間違っているのは 発生と

襲来予測が可能で対策をたてれば 逃げることができた】

このことは【上記1においても人間の智慧と情報と技術が

自然災害よりも上位である】と言っている

 

★目の前に津波がきたり突然大地が揺れた・・その瞬間に

あっても揺れの予測・津波の進み具合など 人間の智慧は

自然の猛威よりも上位にあると断言できるのか……

【大川小の判決では 自然災害よりも人間のほうが上位に

  あるのだと断言している】

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今回の裁判は 1. についての争いです

したがって 本来地裁では津波などの災害で人間は絶対に

対応が可能なのか そこから審理すべきなのにしていない

その次に 学校・教員も含めての行政と住民の責任問題を

問うことになるのではと考える

 

 宮城県・石巻市が上告するようだが 住民の安全を守り

安心を与えることが 住民の命を守ることなのだとしても

住民の協力があってこそで さらには行政が人間が対策を

講じても それは津波などには絶対なのか否かを問うべき

なのでは……

一方「名取市津波訴訟」は 防災無線故障のために

避難できず・・の裁判では 市の責任を認めず遺族の請求は

棄却されましたが 控訴したようですね。(おわり)

 

【マリナ-ズの監督に就任】

とうとう 来たるべきものがきたんですね

 

地元紙は マリナ-ズオ-ナ-の発言として

「チームはイチローによる外野守備、走塁、打撃面での

サポートを期待している。ユニークな選手に与えられた

ユニークな環境だ」と掲載しています

試合には出ないけど「選手兼コ-チ」となり オ-ナ-

直属であり 試合運営における監督への助言者に就任

との記事も載っています

 さらに地元のスポ-ツ紙はMLB監督の条件として

最大限求められるのは データを分析駆使する能力・

コミュニケーション能力だとも掲載している

 

 イチロ―の 杖を突くようになるまで続けるとの

意思は固い そして未来への期待……

ここまでくれば いつか数年先には実現するかも……。

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こちらはGW連休がないし 気温も20℃以上になるのは

6月からで今も寒い 次回予定20日頃になりそうです 拝

(おわり)

 

【時間とお金のどちらをとるか⇒両方同時に】⇒【時間その

ものを通貨に】⇒【地球統一国家】順序の大枠としては

世界は『時間と物価の両建ての数値制度』となる

 

企業と労働者・企業同士が取引をする時は「時間換算値」

を基に交渉することになる 

各国の中央銀行が中央取引所となり 企業と労働者の籍は

中央取引所に置かれる 

主な業務は 企業と労働者の情報機器による仲介業務となり

通貨製造業務は不必要になる 時間が国境を消滅させる

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前稿では思い浮かばなかった「物品中央取引所」も必要で

「物品は売価」で数値を設定する

(物品中央取引所の機能については 煮詰める要がある)

移行期の物品売価の換算数値算出は面倒で かなり時間を

要する 流通している製商品の全てについて算出せねば

ならないからです

この作業が終わらないと 各国の法定通貨製造を止めること

ができないし 通貨の替りとして物品の購入ができなくなる

この各国ごとに弾き出した「個人と事業者と物品」の

それぞれ個別数値の平均値を 世界共有値とすればよい

野球でいえば背番号のようなもんです

 

次の段階で 前回で記したような競争原理の導入に移れば

よいと思う 物品の数値も当然ながら時間ごとに変動する

やがては国境も廃止され 中央取引所も統合されるでしょう  

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このことは【世界経済の主役だった通貨とモノと企業から

経済の主役は 社籍と国境のない労働者】になるのだ

なんたって 時間数値が最高値になっている企業であっても

労働者が動かなければ時間数値は下がるのみで 他の企業に

買われてしまうのだから……

労働者と企業は 他の企業・個人の時間業績数値をみて

情報端末を使い 瞬時に投資目的で売り買いもできる

物品購入も情報端末を使い 取引時点での時間あたりの

相場で決済するが 当然投資も物品購入も労働者・企業の

時間当たりの持ち分数値は減ることになる

市場での個人・企業の相場(時間流通価値)が電光掲示板

のように時間単位で動くので 覚悟しておかねばなりません

個人情報を守る仕組みも必要です。

 

以上荒っぽい紫の妄想を 統一国家に移行できるように

するには現在の仕組みを参照し 熟考して記したわけでは

ないので突っ込まないでね ボロがでますから 今回も

紫の妄想にお付き合いいただきありがとうございました。

(おわり)

 

★大家である地球の店子 私たちが共有している「時間」

「時間を通貨の替りにする」だけではなく 競争原理も

くっつけようという魂胆です。 

 

「取引所」には 通貨を時間当たりの数値に換算した

個人と企業の最低数値が示されている

個人であれば ひと月の生活を維持するために必要な

最低金額を 時間単位に換算した数値ですね

登録者は自分の「年齢・経験・能力・知識」などを基に

「1時間あたりの数値」を決めて 取引所に登録をする

企業は 業種・規模ごとの財務諸表の平均数値を基に

「1時間あたりの数値」を登録する

当然だが 個人と企業の換算数値算出方法は異なる

「個人対企業・企業同士」間で 個々に登録した時間数値を

基に取引をすることとなる

報酬結果は取引所の数値に反映される 結果が悪ければ

為替変動制と同じように 時間を買った企業の評価換算値

により数値は変動する 当然数値の上げ下げは出るので

取引所の基本数値を下回る登録者には厳しくなるでしょう 

私生活の物品購入でも情報端末を使い通貨は必要とせず

個人の取引時点での 時間あたりの相場で決済する

 

今の賃金支給は 身分により「時・日・月」給などとあり

すべて一定期間固定されているが 時間あたりの相場で数値

が変わる そうなると今の賃金制度は引っくり返り 身分も

正規非正規などの垣根も消滅する

 

★問題は 基となる最低時間数値をナンボにするのか……

 企業の時間換算値の算出方法なんですが……

 通貨を時間に置き換えるだけなので 何とかなるのでは

【これが解決できれば時は金なり 通貨の時間換算制度は

今の経済・金融システムをガラリと変えるだけではなく

地球統一国家を実現させる可能性……を秘めている】

(最終回へ)

 

★そうすると情報端末を使って【時間そのものを通貨に

すればよい】という考えもでてくる

 

「企業と個人と資産」を 考えてみましょうか……

企業は物と知識などを 時間をかけながら売って稼ぎますが

お金を全部使っていては 生きていけないことを知っている

セッセと貯めたり不動産など 資産を増やしていった

個人は 時間をかけて働いても企業のようにはいかない 

仕事とお金の量そのものが 足りないんです

 もうひとつ例えていえば 内容の同じ業務を賃金が同じ

二人の社員に同時に与えても 知識などで結果は違ってくる

そして結果を出すまでの 労働時間の密度の違いも出てくる

 

 勤め人・自営を問わず企業との大きな違いは「時間と時間

の密度と仕事の量」です

経済の浮き沈みは新陳代謝が退化し活力がそがれるからです

企業組織論も含めての経済史を覗いてみると 現在でも組織

のみが強調されて 労働者に関しては最近ようやく内容は

ともかく「働き方改革」とかがでてはきたが 労働者に焦点

があたることは あまりなかったようです

賃金については「能率・成果給」制度もできましたが

【時間とは何か・時間の持つ価値そのものを考えて労働者へ

反映させようとはしなかったのかもしれませんね】

 

これを紫は 時は金なり【時間の通貨換算】制度のような

ものを導入したらどうなるのかと考えてみました

★「流通原本を通貨ではなく 時間にするわけです」

流通市場があることが条件となるので前項で記したごとく

紫の妄想です(つづく)