Co2削減目標を掲げるチーム6%が鳩山内閣に変わりチャレンジ25になりました。
2005/2/16に京都議定書を発効してから5年が経とうとしています。
未だ6%に到達できずにいますが2012年には6%、そして2020年には25%とという、世界に先駆けた高い削減目標を掲げ出発しました。
目標が決まった以上、必要な事は実現に向けたプロセスとなります。
本来、私のマネジメントルールからすると、目標に到達するまでのシミュレーションやロールプレイングを行いあらゆる状況を考慮したcontingency planをたて、タスクを細分化し、タスク毎に目的を明確化した上で関係各部署へ相談して協力を要請したうえで、実現可能な領域と確率を導き出します。
足りないリソースは、外部から調達し、コストを算出し予算取りをします。
この時既に役割分担も決まっており、関係担当者に根回しを行い、ある程度目標に向けて意気投合できる環境作りができています。
これらの裏づけを元に作成した実施プランを役員と協議し、決済が下りると同時に実現に向けて踏み出します。
ざっくりとした流れですが、このようにプロジェクトは成功して当たり前なものです。
しかしながら、世の中には疑いたくなるような段取りの悪さで進むプロジェクトが多い事に驚かされます。
マネジメントの素養は、頭の良さより、その人の性格で決まると思います。
なぜなら頭が良い人間の多くは、責任を転嫁することに長けています。
しかし、プロジェクトを成功させる為には、自分が全ての責任を負える人間でなければなりません。
失敗したマネージャーは、失敗の原因は自分以外にあったといいます。
これは、私が携わったプロジェクトで何度と無く耳にしました。
時間が足りない、予算が足りない、クライアントの無理な要求、前任者の不始末、メンバーの能力不足・・・。
しかし、これらの言い分は全てプロジェクトが終わった後に分かった事ではないのです。
諸問題は全てプロジェクトが進行している最中に分かっていた事。
そして、それを知りながら問題を自らが主体者となって解決に当たらなかっただけ。
誤解が無いように言えば、責任を転嫁することは評価すべき高い能力だと考えています。
自らの昇進だけを物差しとすれば、これほど必要不可欠な能力は無いでしょう。
しかし、マネージメントに関して言えばその能力は不要です。
プロジェクトには不安定要素が付き物で、多くの問題解決が要求されます。
その時に、自分が主体者となって問題解決にあたれるかどうかで、そのプロジェクトの成否が決まると言って過言ではないでしょう。
多くの人はこれが出来ません。
この素養は、頭の良さではないことがわかっています。
問題解決にあたり、関係各部署に理解が得られる目的と実現可能な方法を説明した上で更に協力してもらう能力が必要です。
これは問題解決に向けて自らが立ち向かい導こうとする強い意志が無ければ、そのような発想すらできません。
協力を得るとは、相手の立場を良く理解して、彼らにとって一番良い方法を考える事が必要なのです。
さて、チャレンジ25ですが、実現に向けて現実的なプランが見えてきません。
Co2の排出は、生産・消費活動に伴うものです。
Co2を減らすのであれば、それは即ち生産・消費活動を減らす事になります。
もちろん、これだけの削減量は企業の経営や国民の生活に支障をきたす可能性があります。
25%削減とは、それ程までに高い目標なのです。
とりわけ協力してもらう必要がある国民に、どこまで事実を説明しているのでしょうか。
国連気候変動サミットにおいて日本政府として正式に宣言しました。
ということは、国民全員の責任です。
後から鳩山内閣の責任にしようとしても、国連で宣言した日本に対して諸外国はそのようには見ません。
そして、日本は経済力だけでなく信用も失うことになるのです。
具体的なプラン
・Aプラン
Co2を排出している企業(電力会社、石油元売、工場・・・など)と、Co2を排出する製品(自動車、家電、各種機械・・・など)全てに一律25%以上を低減させる。
また、目標の排出量を削減できない企業は、排出権買取を利用して代替する。
最終的には、製品、サービスの価格に転嫁され国民が負担する。
・Bプラン
Co2を排出している企業(電力会社、石油元売、工場・・・など)と、Co2を排出する製品(自動車、家電、各種機械・・・など)全てに一律25%以上を低減させる。
また、目標の排出量を削減できない企業は、国内生産の縮小または海外へ移転を行なう、これに伴い国内の労働者も海外へ流出させることで代替する。
最終的には、産業の空洞化による労働環境の悪化と賃金の引き下げに転嫁され国民が負担する。
・Cプラン
問題を先送りし、結果的に京都議定書を反故にすることで回避する。
日本は世界から非難を浴び、政府が排出権買取を利用して代替する。
最終的には、税金に転嫁され国民が負担する。