競走の無い世界というのが蔓延している。
出る杭は打たれるので空気ばかりを読み、立場にしがみついてモノを言う組織。
組織に許された特定の人間だけが意見をするが、それにたいする反論の余地は無い。

このように硬直した状態は大手の企業で顕著に見られた。
管理者や正社員に対して非正規社員が隷属し、取り巻きを作っている。何しろ現場で問題が発生すると報告した人間(非正規社員)に責任を負わせようとするので、報告する意味が無くなるのだ。
本来、報告を受けた時点で責任もエスカレーションしてチームで解決出来ないことをグループの問題として解決するなど組織を生かした解決手段を選べるはずなのだ。
これを報告者へ責任を負わせたり、犯人探しをしたり、個人スキルの問題として取り扱うのは言うまでもなくマネジメントではない。
日本的な個人のスキルに頼る会社組織というのはやめて、「マネジメントできる」管理者を作る必要がある。
車窓から映る景色はいつもと同じ。
この国に何が起こってもたいして変わることはない。
企業も棲み分けがある程度できてしまい成長を遂げることが難しくなっただけ。
新たなマーケットは日々生まれているが、旧来の業界から移転するひとは僅か。日本には職種に対してスペシャリストを作らずドメインに特化させたゼネラリストを育ててしまう文化がある。なので会社組織による分業化が未発達で、個人の能力に頼ってしまっている。会社として技術とノウハウが蓄積されていない実状がある。
そうゆう私もIT業界の最先端で働いているが、大手SIerが手掛けた仕様書の無いアプリケーションを次世代の規格に準拠させるため手を煩わせている。
技術やノウハウといったことではなく、日本には組織を効率化するプロセスモデルを持つ風土がないとしか思えない。
リストラを単に不当解雇とした共産的な思考でストップさせたままの社会、成長手段としてマネジメントできる管理者は生まれるはずもない。
人がそこにいる限りマーケットは無くならない。文明が発達することで様々なサービスが生まれる。企業が成長し淘汰されていくサイクルは速くなり、人はそれよりも長く生きなくてはならない。
セーフティネットの仕組みとして、まずは中高年の再就職については解雇規制を緩和した労働契約を作ったらどうだろうか。
マーケットの移り変わりが早く、一企業が終身まで雇用を保障できるビジネスモデルを作り出すことは難しい。
やはり終身雇用という枠組みだけでは企業は意欲的に新たな人材を雇えないだろう。
企業も人と同じくライフサイクルがあり、マーケットが縮小したら生き残るのは一部だけで後は淘汰される。だとすればマーケットが成長して今必要とされている企業へ人が移転できる仕組みを用意して、終身雇用ではなく終身職業になればいい。
そのためには企業の枠組みを超えた世界的なスキル標準と第三者評価が必要だろう。

成長が止まった企業にしがみつくしかない日本的な大企業型の資本主義は、世界金融危機と共に葬り去るのがふさわしいだろう。