西陣織の歴史その2 | B反.comのブログ

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西陣織の歴史その2

西陣織の「西陣」ってどこなの?



ときは室町時代、8代将軍 足利義政の後継を争い京都の町を中心に「応仁の乱」が起きました。細川 勝元(ほそかわ かつもと)率いる東軍と山名 宗全(やまな そうぜん)率いる西軍が約10年にわたる長い戦が始まりました。

そのため職人たちは戦火を逃れるために大阪和泉に移り住み、大舎人(おおとねり)町の工房は壊滅してしまいました。しかし、争いが治まると職人たちは再び京都に戻り、戦乱時の西軍が陣をしいていた大宮今出川付近で工房を作り、モノづくりを再開しました。

西陣織の名前の由来は西軍の本陣跡ということから「西陣」と呼ばれるようになり、その後西陣の職人たちは大舎人座(おおとねりざ)を再び復活させ、室町時代には日本の絹織物を代表する上質な品と認められるようになりました。