先日、羽田からJAL373便を北九州まで利用しました。
羽田では特に事前告知はなかったのですが、岡山上空まで来て
「北九州空港周辺、霧の為、現在は着陸できない状況」との
アナウンスが入りその後、機体は空港上空(13000フィート)で
周回を始めました。
10000フィートでは先発の他社機も周回しています。
7~8周したでしょうか、機体は高度を下げ、足が出る音がして
降下を開始しました。
霧で窓の外は視界ゼロ。
霧が低く垂れ込めていて、まったく滑走路が見えなかったのですが、
着陸直前に飛行機は機首をぐぐっと上げて、着陸を取りやめました。
その後更に7~8周して、着陸やり直し。
もう一度足が出る音がして、高度がどんどん下がります。
霧の中、滑走路が僅かに見えるかどうか、のタイミングで
飛行機は機首をもう一度上げ、着陸を諦めて福岡空港に代替着陸。
そして運行打ち切りになりました。
10000フィートで周回していた他社機は、霧の中を突入して
着陸したそうです。
他社の飛行機が霧に突入して行ったのは「社内事情」かそれとも
偶然、その瞬間だけ滑走路が見えたのかは判りません。
私はため息が漏れる機内で、私が乗った飛行機の機長が安全側に
判断した「正しい判断」が評価されて欲しいと思いました。
着陸をやめる勇気、降りない勇気です。
このことをJALの知人に伝えたところ、こんな内容のメールを
頂きました。
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天候は生き物ですから、たまたま滑走路付近でふっと霧が晴れる
こともあれば、全くだめなこともあります。
ですからJALの時は見えなくても他社の時は見えたということなの
ではないかと思います。
JALの初代社長の松尾静麿が「臆病者と言われる勇気を持て」という
言葉を残しています。
安全というのは不安全になって初めて認識されます。
従って、安全な状態が長くなればなるほど、過度の安全状態にある
のではないかという思いが出てきます。
それが安全のために無駄な投資をしているのではないかという
声なき声になったり、もっとお客様の利便性を考えた方が良いのでは
ないかというプレッシャーになったりします。
お客様にとっては安全であることが前提となっていますが、不安全に
ならない限り安全の状態は認識できませんから、目に見えている
目的地に着陸できないという事実の方が切実な問題となります。
機長は決められたルールの中で安全を保ちつつ、目的地に到着する
ために最大限の努力をしています。
高萩さんがおっしゃるように、この機長の判断を評価できるような
文化が安全文化だと思いますし、その評価が難しいからこそ
松尾社長の「臆病者と言われる勇気を持て」というようにトップ
コミットメントが必要なのだと思います。(後略)
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私は、一年の最後のメールレターをお届けするに当たり、
このふたつの出来事を読者の皆さまに贈りたいと思いました。
世の中のサービスに関する認識が極めて「表面的な部分」に終始して
いることに、私は強い危機感を持っています。
安いことが持てはやされ、
見かけ倒しのサービスで消費者がちやほやされる。
天候や自然災害が理由でのサービス提供の不能に対して、
意味もなく激高する人々。天候は事業者の責任ではありません。
そんな中で「本当に大切なことは何か」が見えにくくなっている。
サービスは、
経営者の理念で始まり、顧客が育て、従業員の信念で継続されます。
もう一度言います。
サービスは、
経営者の理念で始まり、
顧客が育て、
従業員の信念で継続されます。
サービスは顧客が育てなければ上質なものにはなりません。
顧客の理解と支持があるから、サービスの質が保たれるのです。
そして、何か起きたときには目の前の現象(たとえばお客さまが
大声を出している)に振り回されるのではなくて、自社のサービスの
軸をしっかりとお客様に説明すれば、多くの善良なお客さまは理解
してくれます。
心に軸がないから振り回されてしまうのです。
あなたの会社には、サービスの文化を語り継ぐ「語り部」はいますか。
そして「安全文化」は確率していますか。
「本当に大切なこと」を私は伝え続けたい。
サービスは双方向です。
サービス提供者とお客さまの「本当に大切なこと」が完全に合致して、
サービスは“究極のサービス”になるのです。