試合予定も全く無いまま2月に開始した自主トレがひょんなことから役立つことに。

かつて草野球チームに所属していた僕だが、今はチーム自体が活動休止状態。
もう試合をする機会に巡り合うのは難しいと思っていたのだが、知人の脚本家さんが、僕の野球好きに目をつけ、草野球に誘ってくれたのだ。
持つべきものは友人である。ありがたい。

そして今日、何年ぶりかの試合をしてきた。

7番ファースト。

守備は序盤は無難にこなしていたが、点をやりたくない場面でファーストへの送球を逸らしてしまった。
セカンドゴロ。送球も悪くない。
イージー捕球にも拘わらず、三塁走者が目に入り、キャッチする瞬間、ボールから目を離してしまったのだ。
チームのためにも、捕らなければいけないボールだった。

バッティングでは、三振、センター前ヒット、サードゴロという内容だった。
普段どうしても消極的なバッティングが目立っていたから、この日は初球から積極的に振りにいった。
その分、選球眼は悪くなったが、振ったおかげで何とか1本打てたのだと思う。

何より、この太陽の下でグラウンドに出てボールを追いかけることができたのが嬉しかった。

試合は無事に終わった。
しかしその後のノックで不覚にも左足をつってしまった。
そして練習後、着替えの最中に右足もつった。
情けない。完全に歳だな。もちろん練習不足もあるだろう。

あまり恰好良くはないけれど、数年ぶりの野球生活がリスタートできた。
小さな一歩だが、嬉しい一歩である。

今日の世田谷は野球日和だった。

 中日ドラゴンズに運動神経抜群の投手がいる。
 もちろんプロ野球界に運動能力の無い選手などいるわけないが、 その中でも突出したセンスの持ち主なのである。

 川上憲伸・背番号11

 言わずと知れたドラのエースピッチャーであるが、 彼はピッチングだけでなく、打っても守っても凄いのである。

 今年の開幕戦、 1点先制を許した彼は即座に自分のバットでスコーンクラッカーとホームランを放ち、軽々と同点にしてしまった。守ってもショート井端(もしくはセカンド荒木)ばりの動きで、ゴロを素早く処理し、ランニングスローでアウトに!

 この男、華がある。

 しかしこれだけの選手をもってしても、 スイスイとはいかないのが野球の世界なのだ。

 4月3日、東京ドームでの巨人戦。
 中日が5-1とリードし迎えた7回裏。
 これまでしっかりとジャイアンツ打線を抑え込んできた川上憲伸が、同期の高橋由伸に3ランを喰らうと、まさかの三連発叫び
 完勝のはずが数分での大逆転劇…。

 これが野球である。

 油断したわけでもない。
 ピッチングを変えたわけでもない。
 それでも打たれることがある。


…試合後、どこかでこんな話を聞いた。

 憲伸はどうしてもシーズン1勝を早く手にしたかったのだ。
 ウィニングボールを掴み獲りたかった…。
 自分のためではない。

 それはある少年との約束である。
 病気で苦しみながらも懸命に生きるこの少年と川上投手は知り合った。
 憲伸のピッチングが少年を勇気づけ、少年の生き方が憲伸を勇気づける。
 持ちつ持たれつの素敵な関係だ。

 今年最初の1勝――そのウィニングボールを少年にプレゼントすると憲伸は誓った。

 開幕戦。
 スタンドには少年が観戦に来ていた。
 シーズン最初の試合で約束が果される可能性も十分にあった。
 結果は延長12回のドロー。
 約束は持ち越しになった。
 次の試合がこの東京ドーム。
 ここでも十中八九、手中にしていた勝ち星がするりと逃げていった。
 どうしても手に入れたいウィニングボールが…。

 そしてその数日後、川上投手は二軍落ちした。
 その理由はわからない。エースが抹消されるのは異例だ。
 でもこれがプロ野球選手の厳しい闘いの場である。


 常に勝負の世界に生きる男が、その奥ではハートで勝負している。

 ピッチングの極意は「やさしさ」だと断言したら、その言葉をどれだけの人が受け入れてくれるだろうか。

 それでも川上憲伸投手のピッチングからは、そんな想いが伝わってくる。
 野球能力抜群の彼が、実はセンスではなく心で投げている。

 先日惜しまれつつ引退した桑田真澄投手も、モットーは「心の野球」だ。

 チームも場所も年齢も関係ない。
 心の野球なら、どこでも背番号の代わりに背負ってゆける。

 エースと呼ばれる男がエースたる所以。
 ハートスペード

 野球の神様はここにも居た。

 中日ドラゴンズ、荒木内野手の意気込みと取り組みに注目している。

 今年のキャンプからオープン戦と“己の限界”に挑戦し続けているのだ。彼が掲げているのは、ひたすらバットを振り、ノックを受け、全力で走り、試合に出続けること。オープン戦も初戦から先発フル出場を希望し、ほぼそれに近い状態を続けている。


 30という年齢は――若くもあり、もう若くはない、とも言える――微妙な歳である。この年齢にさしかかったレギュラー選手のほとんどは、我武者羅な練習より身体のケアを大切にし始める。ハリキリ過ぎて怪我をするより、無理をせず身体への負担を減らし、シーズンを通して安定した成績を残すことを重視する。

 しかし今年の荒木選手は、レギュラー奪取を狙う若手選手のように、とことん身体を苛め抜き、妥協もせず、無理を承知で“無理”に挑戦している。


 これは凄いことなのではないか――。何より、その発想が素晴らしい。

 現在のプロ野球界でナンバーワンの二遊間を井端遊撃手と共に形成する、二塁手・荒木雅博。その彼が、今までの実績を一度忘れ、“体力づくり”から始めるというのである。その根底には、シーズンを乗り切る体力を今一度積み上げる、という表面的な理由だけでなく、現在の年齢でとことんまで身体を鍛え上げたら、その先にはどんな光が見えるのか――という己への「投資実験」が含まれているのではないだろうか。


 さらに走力に磨きがかかり、光速の盗塁を見せてくれるかもしれない。

 守備位置を極限まで下げることで、ライト前の守備範囲を奪ってしまうかもしれない。

 下半身の粘りがバッティングの粘りにつながるかもしれない。


 本人もどのような結果が生まれるのか、まだ見えていないだろうし、それを見守るファンは尚更だと思う。だからこそ楽しみは増す。


 結果はすぐには出ない可能性もある。実際、オープン戦の打撃成績は芳しいとは言えない。開幕後しばらくはそんな状態が続くかもしれない。でもこの時期の凡退は、ただの凡打では無い――そんな期待を抱かせる2008年の荒木選手がいる。

 そう思わせるのは、荒木選手の実直な野球観の賜物だろう。発想の非凡さ、人間としての謙虚さを併せ持つ、守備力抜群の内野手が、走攻守それぞれの分野で、さらにワンランクアップするであろうシーズンがいよいよ始まる。

西東京の予選から、ピンチに動ぜず、無尽のスタミナで、僅差の勝利をものにし続ける小柄な投手の姿が脳裏に焼きついていた。地味なのに目立つ。なかなかいない選手だ。

予感がしていた。夏の甲子園、優勝に一番近いのは早稲田実業ではないかと。大阪桐蔭の怪物・中田を三振にとったとき、予感が確信に変わった。優勝旗は彼の右手が握る。

それでも何が起こるかわからないのが甲子園。予想とはそういうものだ。予感が確信に変わったところで、それが実現する確率なんて限りなく低い。“予感”より遥かにレベルの高い“確信”ですら、現実の前には無力に等しい。それなのに、実現させてしまった。恐るべき精神力だ。彼の名はたった4日で全国区になった。青いハンカチエース・斉藤佑樹投手は上杉達也のように、クールに、さわやかに、甲子園の頂点に立った。

時計を二週間逆に戻そう。本来、主役として騒がれていたのは駒大苫小牧の田中投手のほうだ。決勝で初めて彼は脇役にまわったことになる。

私は斉藤を応援していた。強すぎる駒苫を破ってくれ──願いは現実となった。しかしその瞬間、田中君の偉大さが強烈にクローズアップされたのだ。

奇しくも最後のバッターとなった彼は、笑っていた。自嘲の笑顔でもなく苦笑でもなく、清々しい満面のスマイル。空振りではあったが、フルスイングの満足感に浸り、――9回を迎え、優勝のプレッシャーが最大値を示しても尚150km/hに迫る快速球を投げ込む――タフネス斉藤との勝負を心から楽しんでいた。

3年間、休むことなく練習し、決勝戦の最後の一球まで全力で白球を投げ、バットを振った者たちだけが味わえる緊張感と開放感。

ゲームセットの瞬間、斉藤は田中の実績に並び、田中は斉藤のさわやかさに並んだ。

勝利の女神がなかなか決断を下さない理由がわかった。彼女の微笑みをもってしても、マウンド上の2人の笑顔の前では、主役の座を明け渡すしかなかったのだから。

WBCで日本が優勝した!
野球が好きで良かった。


予選から一球一球集中して見ていたけど、

最初は自分が楽しめればいいと思っていた。
でも決勝に進む過程で、日本中が注目し、熱くなり、

ここまで盛り上がるとは…。
野球の神様はすごいと思った。


日本の優勝、もちろん素晴らしい。
でも出場した全ての国が真剣プレーで素晴らしかった。
勝つチームがあれば、負けるチームもある。
ホームランがあれば、凡打もある。
ファインプレーがあれば、エラーもある。


それを含めた野球全体の魅力が伝わる、

WORLD BASEBALL CLASSICだった。