前回、遺族の会で「トライアルの会」に入ったことを書きました。
しかし支えてくれるのは、同じ遺族同士ばかりではありません。
マスコミに対しては、批判的なことを色々書きましたが、
新聞記者の方からは、励まされることも少なくありませんでした。
母を殺されてから、なすすべもなく、起訴だけ待つ日々が続きました。
加害者は、逮捕されることもなく、在宅のままでしたので、
「もしかして忘れられているのでは・・・」と不安にも思いました。
しかし母殺害から半年以上たった夏にようやく起訴との通知を受け、
10月公判となっても、相談できるところが何もありませんでした。
そんな中、毎日新聞で自転車事故の連載があるのを知りました。
「話を聞いて欲しい。情報もあれば教えて欲しい」
と連絡して、取材を受け、逆に色々と情報も教えてもらいました。
他の新聞社の記者からも、色々助けてもらいました。
心の温かい記者の方との出会いも何人もありました。
毎日新聞の記者の方とは、公判から1年以上経った今も、
やり取りが続き、最近も「その後」ということで再取材を受け、
メッセージを発する機会をちょうど頂いているところです。
取材する側、される側という立場以上の温かさを感じています。
加害者やその弁護士などからは、
人として極端なまでの浅ましさと醜さを見せられました。
しかし同時に、支えて励ましてくれる人からは、
それまでは経験しなかった温かさと慈愛を感じました。
人としての情に接するその濃淡の度合いが、
被害者遺族になってしまった前と後では全く異なりました。
「被害者遺族になる」なんて、誰も望まないことですが、
立場を超えて、他人の辛さに寄り添おうとする人がいること、
その温かさ、そしてそうした人たちに支えられるありがたさ、
もしかしたらそうした出会いや縁こそが、
殺された母が導いてくれたものなのかもしれないと感じています。