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自転車に家族を殺されるということ

交通犯罪犠牲者の命が紙クズ扱いされる司法を変えていきます。フェイスブック・Twitterも発信中。
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2014年1月28日に判決が出て裁判は終わりましたが、私の交通犯罪遺族活動は続いています。

石井光太さんというノンフィクション作家がツイッターで書いていました。

 (石井さんは、東南アジアや中近東の底辺世界を取材して回り、

『物乞う仏陀』『絶対貧困』『神の棄てた裸体』などで、

物乞いや売春婦や闇社会などの実態をルポされている方です。

震災後は、遺体安置所を取材して、『遺体』という本を出され、

「弔う」ということの意味に思いをめぐらされています)


   ビートたけしが震災について
   「死が二万あったのではなく、二万の悲劇があった」
   と言ったらしい。対談で教えてもらった。が、これは間違い。
   一人の死は親族や友人など十人以上に悲劇を与える。
   震災が生んだのは「二十万以上の悲劇」なのだ。


全く同感です。

人一人が殺されるということは、その人一人だけの苦しみではない。

その家族、その親しい人が、みんな苦しむということなのです。


でも裁判所では、そんな悲劇の存在は完全無視されることがあります。


被害者遺族は、加害者の裁きに際し、命を軽視する裁判官に当たるか、

きちんと重くみてもらえる裁判官に当たるか、バクチを強いられます。


プロフィール欄でも書きましたが、私はハズレクジを引きました。


誰が見てもわかる猿芝居を見て、「反省している」と執行猶予を付け、
遺族にかけた言葉が「黙っていて下さい」だけだった前田巌裁判官・・・。

彼は昨年4月1日付で、東京地裁から名古屋高裁に栄転していきました。
尊厳を踏みにじった母の存在など、加害者同様、忘却の彼方でしょう。



私は、2人の者に、母を殺されたと考えています。

まず加害者に命を殺され、そして裁判官の前田巌に尊厳を殺されました。



もちろんそうでない裁判官もいます。

例えば藤田清臣さんなどはその象徴的存在の一人だと思います。



交通事故裁判では被害者の命の重みは、

駅前で配られるポケットティッシュのように軽い。

(中略)

日本では、被害者の無念、家族の悲観に比して、

交通事故加害者はあまりにも過保護である。

命の尊さに法が無慈悲であってはならない。


藤田裁判官が、ある交通犯罪裁判の判決で残した感動的な名言です。


藤田清臣さんのような当たり前の人の心を全ての裁判官が持って欲しい。
そして前田巌のような裁判官は、完全にいなくなって欲しい。



私の活動が目指すゴールイメージの一つは、そんなところにもあります。


母が、信号無視の交通犯罪で殺されたことは、

学生時代の友人とかには全然言っていませんでした。



わざわざ言う必要もなかったし、それどころではなかったこともあります。



だから取材を受けて出たテレビ番組を偶然見た人が知っているくらいです。



そこで、世間的には、喪中明けとなっている現在、

年賀状の返事をどうしようかという問題に直面していました。



もともとそんなに年賀状は書く方ではなかったけど、

結局今年は、自分からは1枚も書きませんでした。



新年だからといっても、ちっともめでたくないからです。



プロフィール欄で書いた通り、母は、一昨年の成人式連休中、

1月10日に事故に遭い、深夜に意識を失い、5日後に亡くなりました。



だから新年を迎えるとなると、どうしても考えてしまいます。

「この10日後に母はぶつけられ、15日後には死んでしまうんだな」と。



一昨年の暮れには、喪中案内を出しました。

「母は1月15日に永眠しました・・・」という通りいっぺんな内容です。

当然「え?何々?死因は何?」なんて聞いてくるおバカさんはいません。

みんな、常識のある大人です。

ひっそりと、黙って、何も聞かず、年賀状を遠慮してくれるだけです。



しかし今年はそうはいきません。

礼はきちんと返すべきですし、来年の新年もまたやってきます。



他の遺族の方にも相談しました。

やはり年賀状を出している人はほとんどいませんでした。



そこで、交通犯罪遺族の多数派(?)の慣例に従うことにしました。

礼は欠かさず、寒中見舞いでお返事を差し上げることにしたわけです。



事故のことを書き、このブログのURLも載せた寒中見舞いを作りました。



自転車に家族を殺されるということ-kanchu




住所のところなどは消していますが、これで注文しました。



きっとびっくりさせることになると思います。

しかし隠すことでもないし、生涯黙っているつもりもない話です。

この寒中見舞いをもって、被害者遺族表明の良い機会にしようと思います。



「寒中見舞いのお返しのみ」をいつまで続けるか、今の自分にはわかりません。

数年なのか、数十年なのか、一生なのか・・・

また年賀状を書こうと思う日が、来るかもしれないし、来ないかもしれない。



年始の挨拶一つとっても、こんなややこしい立場になってしまう

被害者遺族ってなんなのだろうかとつくづく考えてしまいます。

こんな悲しみを経験しなければならない人が、一人でも減ることを祈るのみです。




























昨日、無事に提訴が完了しました。


もう加害者の刑務所行きは叶わない想いとなってしまっていますが、
それでも残された道で、できるだけのことをしていきたいと思います。



交通犯罪遺族となってしまうのは、誰でも突然です。

その後の行動パターンも人によってさまざまです。

・声を上げる人

・ただただ沈黙してしまう人

・自然現象のように忘れ去ろうとする人

・・・「私は交通犯罪遺族です」と名乗って、そうした団体に入ったり、

会合に出たりする人は、しかしごく一部にとどまっているようです。



全国に交通犯罪の遺族の集まりはたくさんあります。

(その数の多さにはあらためてびっくりします)


しかし、年間数千人の交通犯罪死者が出ていて、

それ以上の数の遺族の方がいるはずですが、

そうした会に入ったり、声を上げたりする人はごく一部のようです。



私は、「全国交通事故遺族の会」に昨年夏に入りました。

会員番号は11-02。


つまり2011年に入った2人目ということです。


もう私の前に悲劇に遭った人が出てしまっていたのかと考えるべきか、

2人しか立ち上がる人が出ていないと考えるべきか・・・

人知れず沈黙のうちに過ごしている遺族の方を思うと、胸が苦しくなります。


沈黙のまま、傷を癒されもせず、辛い日々を過ごしてる遺族の方がいた場合、

もしこのブログを目にとめてくれたらという想いは、どこまでもあります。










本日、1月10日、母を殺した加害者に対して、
東京地方裁判所において、損害賠償請求訴訟を提起します。


2年前の今日、何の罪もない母は、
青になった横断歩道を渡ろうとしたところ、
自転車で突っ込んできた加害者に殺されました。


加害者天国ニッポンで執行猶予付き判決を勝ち取った加害者が、
謝罪に来たことはこれまで一度もありません。


きっと今もヘラヘラと呑気に過ごしていることと思います。


しかしそうはさせません。
人を殺した責任はきちんと取らせます。


加害者天国ニッポンの現状も、少しでも良くしていきたい。


提訴に合わせて、ブログで発信を始めてみます。
裁判の予定や様子も、できるだけリアルタイムで実況していきます。