自転車に家族を殺されるということ -23ページ目

自転車に家族を殺されるということ

交通犯罪犠牲者の命が紙クズ扱いされる司法を変えていきます。フェイスブック・Twitterも発信中。
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2014年1月28日に判決が出て裁判は終わりましたが、私の交通犯罪遺族活動は続いています。

今日は大晦日です。


昨日12月30日は、あいの会の立ち上げメンバーで、

ささやかながらお疲れさま会をしました。

あらためて仲間に恵まれている我が身を実感します。


辛い出来事を通じて、知り合った仲間・・・。


こんな出会いなんかない人生がいいに決まっていますが、

それでもやはりこの出会いには感謝しかありません。


みんな半分家族のようになりつつありますが、

きっとお互い生きている限り、力を合わせて助け合って、

悲しみを減らしたいという活動をしていくと思います。


細かい内容は、年末挨拶も含め、下記に書きましたので、

ここではこの辺にしておきます。


年末のご挨拶(あいの会公式ブログより)

http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/36058191.html






2013年もあと数時間で終わりです。

大晦日のこの時間は、なんとなく落ち着かないですね。


年末年始の買い物に行って、正月の祈祷の申込をしてきて、

あとは全く手つかずの大掃除をささっと済ますだけです(笑)


申込をしたお寺の一つから、供物のお菓子をいただきました。

密教に詳しい人が見ると「あ、ここは」とわかるお菓子ですね。




正月休みに読む本もアマゾンで買い込んでおきました。




本のセレクトを見て、くれぐれも笑わないように。

やはりダラダラTVをつけっぱなしにはしたくないので。

静かな時間を使って、心が潤うものを吸収することも大切です。


カレンダーも届きました。




藤田三歩さんという絵本作家のカレンダーです。

自分が10代の時に好きでよく買っていたのですが、

お亡くなりになってから入手しづらくなって久しぶりの購入。

略歴を読むと、1950年生まれで1993年にご他界・・・。

わずか43歳で亡くなられていた方だったことに驚きました。

淡い色合いで、繊細で優しい世界を紡ぎ続けていた方でした。


今年はいろいろと大きく動くことができた1年でした。

あいの会もそうですし、私自身の裁判もひと段落しました。


つくづく思うことは、一人では何もできなかったなということ。


いろんな人に教えてもらって、いろんな人に助けてもらって、

いろんな人にお尻を叩いてもらって、何とか歩いてこれました。


今年2013年は、そんな皆さんに感謝する1年でした。

一人ひとりお名前を挙げて感謝したいのですが無理なので、

ひとまとめになりますが、皆様、本当にありがとうございます。


こんな自分ですが、また来年もよろしくお願いいたします。

いま世間ではクリスマス連休中です。
(厳密にはクリスマス前の連休となりますが・・・)


日本は仏教国だとか、キリスト教徒でもないのにとか、
そんな些末な議論に拘泥するつもりはありません。


ただ冬のこの寒い季節、視覚的にも華やかで美しい、
そんな風習を取り込んで、年末の風物詩として定着させた、
日本の民衆的な知恵は、素直に肯定したいと思います。
(個人的にはドイツのクリスマスマーケットなども、
 一度は行ってみたいところの一つです)


こうしたクリスマス論には既に膨大な議論がありますが、
寒い時期だからこそ、人の温かみを感じ取ろうとする、
そんな本能的な催しなのだと個人的には感じています。


ところで、一度被害者遺族になると、ずっと遺族です。


家族が殺されたことをなかったことにはできません。
多かれ少なかれ、心に穴を抱え続けることになります。
(もちろん人によっては、必死に忘れたふりをしたり、
 なかったことにしようと努める人もいることはいます。
 またそうした人を批判する気持ちも全くありません)


そんな被害者遺族になると、今は辛い季節でもあります。


町を行きかう人が幸せそうな顔をしていると、
穴を抱えた遺族としての自分をいやでも再認識します。


特に私は正月明けに母を殺されています。
クリスマス、大晦日、正月の流れは、
いやでも事件想起への強制的なカウントダウンになります。


「あけましておめでとう」の言葉は今でも拒んでいます。


一昨年、すがる思いで、全国交通事故遺族の会に入って、
そこのメーリングリストに最初に自己紹介を書き送った際、
一番最初にメールをくれた方も(今も大切な遺族仲間です)
クリスマス明けに当時ハタチの娘さんを奪われています。


その方もこの時期がいかに苦しいかを吐露されています。


私の周辺は、寒い時期に遺族になった方が多くいます。
だからこそ、今の時期への気持ちには敏感になりがちです。


夏の暑い時期に、大切な家族を奪われた人は、
きっと肌をジリジリ焼く灼熱の日差しや、沁み渡る蝉の声に、
同じ感覚を抱くのかもしれません。


春に遺族になった人は、舞い散る桜が辛い風景だと思います。


被害者遺族になると、いろいろなことが奪われます。
事件の季節につながる風物詩などは、その一つです。


家族を奪われるということは、残されて生きている人の、
魂の大きな部分まで破壊されることでもあります。
遺族はそうしたえぐり取られたような傷を抱え続けます。


無邪気にメリークリスマスとは一生言えないかもしれない。
季節の風物詩への情緒的な気持ちも奪われてしまった。
そう思うと、やはり悲しい気持ちになります。


しかしこうした理解はあまり広がっていないと感じます。


ただ「家族を殺されて大変だったね」だけにとどまらない、
生命の喪失自体に比べたら、些末なことかもしれないけど、
いや、些細だからこそ、ジクジクと痛み続ける傷がある。


奪われてしまった季節やイベントへの喪失感も抱えている。
そういう理解も、もっと広げる必要があると感じています。



多くの交通犯罪遺族の心と活動の拠り所でありながら、
昨年解散してしまった全国交通事故遺族の会。


私は解散が議論され始めている頃に、頼み込んで入会し、
実質的な活動歴は半年くらいで終わってしまいました。
それでもその間、ワーキンググループ(以下WG)
という月1回の集まりに顔を出させていただき、
大臣陳情に一緒に行く機会などをいただいていました。


そのWGの同窓会が、昨夜12月14日にありました。


非公式な、あくまで個々人のつながりの延長線です。
遺族の会解散と同時に、WGもおしまいとなったのですが、
「やっぱり寂しいし、半年に1回くらいは会おうよ」
ということになり、その流れが出来つつある感じです。


そして今回はその3回目になりました。


場所は西新宿。高層ビル街の49階にある飲み屋さん。




一番若輩かつ後進の私が、僭越ながらお店探しをしました。
昔から旅行や飲み会のセッティングは好きでしたので、
光栄ですし、楽しい役得をいただいてしまいました。


と言っても、これという事件やイベントはありません。


ただ、ひさしぶりに会ったWGの皆さんと、
たわいもない話をして、ゆるやかな時間を共有し合う。
それだけで貴重な時間を過ごすことができました。


私にとり、全国交通事故遺族の会、そしてその中のWGは、
遺族になって、何をどうしていいかわからない時に、
最初にすがった拠り所です。


いろいろ教えてもらって、たくさん助けてもらいました。


だから今でもその人たちと一緒の時間を過ごすことで、
やっと何かにすがることのできた当時の気持ちを思い出し、
今の自分の原点を見つめる時間になったと感じています。


WGの多くの皆さんは、もう10年とか、それ以上前に、
ご家族を奪われた方々です。


最初は当然個人的感情が出発点です。
でも時間の経過と共に、個人としての悲しみと苦しみを、
世の中を変える使命に昇華させていった方々です。


時間が悲しみや苦しみを癒してくれるわけではありません。
また無理に癒す必要もないと思っています。

しかし他の人を助ける力に昇華はできると思っています。


私も民事訴訟の判決が出る年明けの来年1月、
母を殺される事件から4年が経過することになります。


最初にすがった拠り所の皆さんとの時間を過ごして、
そろそろ自分も助ける側に回ってもいいのかな・・・
と、そんなことをあらためて思うひと時になりました。




※一番奥で窓べりに上がり込んでいるのが私です。

 (と今更解説する必要もないかもしれませんが)

今年12月1日付で改正道路交通法が施行されました。
(バタバタ生活しているので、ゆっくりな投稿をご容赦ください)
少なくとも良くなったわけで、改正との言い方はしてよいと思います。


今回の改正点は2つ。
無免許運転の罰則強化と、自転車の取り締まり強化です。


無免許運転の罰則強化は・・・これは当たり前のことだと思います。
無免許の人に車を貸したり運転させても処罰対象になりました。
これまたごくごく当たり前のことですね。


逆に言えば、これまでは当たり前ですらなかったということです。


これが即効薬になるわけではないかもしれませんが、それでも、
「無免許運転を繰り返していて運転技能はあるから危険運転ではない」
なんて珍奇な司法判断もやがて駆除されていくことと信じています。


ところで私は自転車交通犯罪遺族です。


やはり自転車については、意見は出しておくべきだと思いました。

自転車に関しての今回改正点はこんな感じです。


自転車に家族を殺されるということ
(全日本交通安全協会様のサイトより)


つまり端的に言えば、ブレーキはちゃんと付けろよということと、
自転車も軽車両なんだから左側通行を徹底しろよ、ということ。


前も書きましたが、読んでの感想は・・「で?」で以上終了です。


「で?それがどうしたの?」という冷ややかな気持ち・・・
根本的な解決には程遠い、蟻の歩みからくる倦怠感・・・
「でも人を殺めてもどうせ重過失致死で軽い罪に終わるんでしょ」
という場当たり的なツギハギぶりへの苛立ち・・・


今回の道路交通法ではその立ち位置が一歩車に近づいても、
命を奪うとなれば、刑法ではモノが偶然当たった程度の扱い・・・


特に先日の自動車運転死傷行為処罰法の成立と合わせて考えると、
自転車交通犯罪は依然、命の尊厳が取り戻されていないと感じます。
交通犯罪以下という扱いを依然受け続けることに屈辱すら感じます。


ツイッターで最近までホリエモンのツイートをしていました。
(近著『ゼロ』への信奉者の絶叫ばかりでうんざりだったので解除)
そこでこの話題が出ていたのですが、やり取りされていた議論が、
「どうせ反則金目的の利権でしょ」というレベルのものでした。


組織が判断する限り、必ず複数の目的が絡み合うものですし、
収益目的という面が全くのゼロだとは言えないかもしれませんが、
でもこの程度の議論の対象にしかならないことにもうんざりでした。


ただしこうして話題にのぼることは一つの機会ととらえて、
次の一歩を踏み出させるよう働きかけを続けていきたいと思います。


しかし自転車遺族が沈黙しがちなことも大きいかなと思っています。
自分一人がワーワー言い続けても正直限界も感じます。
一人でも多く、同じ境遇の方を見つけて、声をかけて、連携して、
自転車だからと軽く扱われる法文化を変えていきたいと思います。


あいの会ブログに、ハートバンドの2日間をまとめました。


私は事情があって、2日目は参加できなかったので、
あいの会の仲間たちにいろいろ共有してもらいました。


犯罪被害者週間全国大会(ハートバンド)2013 第1日目
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/35301750.html


犯罪被害者週間全国大会(ハートバンド)2013 第2日目
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/35310937.html


犯罪被害者週間全国大会(ハートバンド)2013 エトセトラ
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/35388514.html


特に解説はしません。
つまり私たちはこんな時間を過ごしてきましたということ。


とても慌ただしいし、終わってみればグッタリしてしまうけど、
でもまた来年も行かずにはいられない・・・そんな時間です。


改正された道路交通法も書かなければいけませんね。


無免許運転については若干評価。
自転車については・・・「ふーん・・で?」が率直な感想。


平日はあまり時間がないので、週末にちゃんと振り返ります。


もう12月ですね。

この季節、何もない最寄り駅ですが電光ツリーが輝きます。


自転車に家族を殺されるということ

今年も「聖地巡礼」に行ってきました。


自転車に家族を殺されるということ

自転車に家族を殺されるということ
今回は、去年や一昨年とは少々雰囲気の異なる場となりました。
昨年や一昨年はつい涙してしまう場面が多かったのに比べ、
今年は考えさせられる場面が多かった・・・そんな気がします。

無論どちらが良い悪いではなく、どちらも良いことに変わりはなく、
いろいろな方向性でどんどん広げていっていいのだと思います。


細かい議論のやり取りは、あいの会公式ブログに書きました。
詳細は下記に譲ります。よければこちらでご覧願います。
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/35301750.html


だからここでは個人として感じたことだけ、いくつか書きます。


まずは今回のテーマとなった町村の被害者支援窓口について。


私のケースに当てはめると・・・

いま住んでいる東京都稲城市にはないようです。
また事件現場でもあり、実家のある東京都大田区にもありません。
(交通事故相談窓口はあるが、見る限りおそらく限定的・・・)


声を上げなければできないのであれば、
まずは足元の稲城市から働きかけてみようと思っています。


少なくとも自分の住んでいる市町村である稲城市で、
「そんな声はない」なんて言われるとしたら恥ずかしい話です。

住民としての声をあげれば、あとは市町村の持つボールです。


東京都中野区のような模範的な自治体まではいかないにしても、
各自治体に良心的できちんとした人は必ずいると思いますし、
そういう人と出会って、化学反応を起こせたらと思っています。


そして出会いについても、書かせていただきます。


「1年に1回だけど、わかりあえる人に会えるのは安心する」


そんな声が今回はたくさん出されました。
私もそう感じた一人です。


ネットでしかやり取りしていなかった人との初顔合わせもあり、
普段はなかなか会えない人との嬉しい再会も当然ありました。

1年に1回・・・短い時間かもしれないけれども、
そんな時間を持てるのは、ありがたいことだと思ってます。


振り返って本当にもったいないと悔やんでいることは、
私は母を殺されてから、刑事公判が終わってしまうまで、
このハートバンドの存在を知ることがなかったことです。
知っていれば・・・もっと違った結果を残せたかもしれません。


また大きな出会いもありました。


自転車殺人の遺族の方と知り合えたことです。


その方のこれから越える壁は低くありません。
私が直面した壁より、きっとずっと高い壁です。

ただ奪われた生命は戻らないけど、悔いだけは残してほしくない。
いまは純粋にそう思っています。


この方との出会いは、周りのサポートがあって実現しました。


食事懇親会の時、初めて参加の方は自己紹介をするのですが、
その方の自己紹介の時、最初の方がガヤガヤして聞き取れず、
後半の断片的な部分しか聞こえませんした。

だから私もその方が自転車だったとは知らないままでしたが、
その後すぐ、「東さん!自転車の遺族の方が来ていましたよ!」
と何人も一緒に探してくれて、お互いの話ができました。


ハートバンドではこういうことがあります。


誰もが、自分でない誰かのために、駆け回ってくれます。

辛い経験で出会った人たちだからこそ、通じ合うものがあります。


そんな出会いを与えてくれたハートバンドに感謝しています。


自転車に家族を殺されるということ

日付が変わって今日、11月30日はハートバンドです。


犯罪被害者週間全国大会。通称ハートバンド。


昨年の今も書きましたが、私にとって、
そして交通犯罪を含む多くの犯罪被害者にとって、
1年に1回の大切な聖地巡礼です。


参考までに紹介ページ。
http://www.heart-band.com/


今年は事情があって、泊まり参加とはなりませんが、
懇親会だけでなく二次会も出て、終電ぎりぎりまで粘って、
濃い時間と空間にじっくり身を浸してくる予定です。


まだまだ私は自分の事件も抱えている身の上です。
いえ・・家族を殺されて、事件に終わりなんかありません。


おかしなことにもたくさん直面しました。
もちろん、そのままにして通り過ぎる気はありません。
「そういうものだよ・・・仕方ないことだよ・・・」
そんな言葉もよく聞きましたが、同意なんかしません。


「おかしいことはおかしい!」と言揚げし、
徹底的に社会のドブさらいをしていくつもりです。
そんな詳細は、またそのうち書いていくつもりです。


しかし裁判は終わり、今年でハートバンドも3回目です。


これまでたくさんの人に支えられてきました。


そろそろ私も支える側に回ってもいいのかなと・・・
僭越な考えかもしれませんが、今はそう思っています。


力不足だったり、不器用な支え方になるかもしれません。
でもそろそろ恩返しする側になりたい。


今回はそんな機会にする転機にしたいと思っています。


とにかく今日は、私にとって参加3回目のハートバンド。


たくさんの仲間たちにも再開してきます。


そう考えるだけでも、楽しみだったりします。


もちろん、あいの会のメンバーも参加です。


行ってきます。


自転車に家族を殺されるということ

私がこのブログを書いていくにあたって、
自分に対して課している決めごとがいくつかあります。


厳密なルールというより、結果そうなっている程度の話ですが、


 ・記事紹介だけの垂れ流しは書かない
 ・感情にまかせただけの文章は書かない
 ・時々趣味的な記事も入れて「遺族100%」にしない


そんな感じのことです。


つまり基本的に記事紹介だけのことならわざわざ書かないし、
書くなら書くで自分なりに咀嚼した上で意見を出したいのです。


ポリシーなんて大それたものでもなく、自分はあくまで、
どこまでも私小説的にしか文章を書けないことがあります。


ただ、やはりこれだけは触れなければいけないと思ったのは、
先日11月20日に可決した交通犯罪の新法成立のことです。


解説はあちこちでされているので、ここでは繰り返しません。
それこそニュースのリンクを貼ったほうが親切でしょうから。


ただ現在の自動車運転過失致死罪では、最高刑懲役7年で、
実際はよほどのことがない限り、執行猶予=実質無罪ですし、
それは甘すぎるとして作られた危険運転致死罪は、
最高刑懲役20年で、適用されれば長期実刑が見込まれますが、
実際は「高級果物店の最上段に置かれたメロン」状態で、
(つまり誰も手に取らないまま、ただ腐るにまかせるだけ・・・)
めったなことでは適用されない高い壁のままだったわけです。


だから交通犯罪遺族は、なんとか危険運転致死罪を適用するよう、
血のにじむような活動を展開しなければならなかった現実があり、
それに対して検察は、時に耳を疑うような珍奇な理由まで付けて、
なんとか危険運転致死罪適用だけは回避しようとしていました。


それが適用しやすくし、かつ全体の罪を重くしたという意味で、
今回の自動車運転死傷行為処罰法成立は歓迎したいと思います。
(正式名は「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」)


少しでも悔し涙を流す遺族が減ることにつながると思うからです。


もちろん、きちんと適用されるかという懸念もあります。
また遺族が望んでいる100%を満たした法律ではありません。


しかしこれまで40点だけの赤点状態だった法律が70点位になり、
ずば抜けて優秀ではなくても、合格点には達するレベルになった。
そのことは肯定的に捉えてよいのではないかと思っています。


ただ法案を読む限り、免許有無の問われる自動車が範囲で、
自転車遺族の私は、蚊帳の外に置かれているのも事実です。

勉強不足で誤解があれば恐縮ですが、
自転車で生命を奪った場合は、この法律の対象にはなりません。


自転車で人を殺した場合、きっと従来通り重過失致死罪で裁かれ、
法廷で適当な謝罪パフォーマンスを行いさえすれば、
執行猶予余裕という現実が変わらないのであればやりきれません。


殺人なら、拳銃で殺しても、包丁で殺しても、殺人は殺人です。

しかし交通犯罪の場合、殺害道具が自動車か自転車かによって、
奪われた生命に差別が生まれるのはやりきれない思いがあります。


今回、道路交通法が同時に改定され、自転車違反行為に対して、
講習受講を義務付ける条項が追加されました。

わずかな一歩かもしれませんが、あまりにわずかな一歩です。


私の課題は何も達成されていません。

そして自転車交通犯罪への警鐘はまだ何も鳴らされていません。
鳴っても、雑音にまぎれ、あるいは瞬間風速にとどまっています。

引き続き、私にできることを進めていきたいと思っています。


ともあれ今回の新法成立は、大きな前進に間違いありません。
交通犯罪遺族の方々の、血のにじむ活動による大きな成果です。


法案成立の瞬間を見届けるために遠方から国会に駆けつけ、
遺影の故人とともに傍聴席に座った遺族仲間も何人もいました。


それだけ犠牲になった生命と引き換えの尊い法律でもあります。


遺族が無駄に苦しむことのない適正な運用を願うばかりです。



自転車に家族を殺されるということ

11月19日(火)、私が証言台に立ち、原告証人尋問を受けました。
そして2年近くにわたる民事訴訟が結審しました。


あとは判決言渡しを待つのみです。
裁判官が、良心的でまっとうな判断をされることを願うのみです。


その翌日の水曜日、悪質運転を厳罰化する新法が成立しました。
また同時に、自転車規定も加味した道路交通法改正も行われました。
本当はこの新法成立のことも書きたいのですが、
これについては、ゆっくり咀嚼してから、後日触れたいと思います。


法廷には、全国交通事故遺族の会の方々やあいの会のメンバーが、
傍聴支援に来ていただきました。


お時間を取って来ていただいた皆さん、ありがとうございます。


構成としては、こちらの弁護士から20分、加害者弁護士が20分、
裁判官から20分、計60分という持ち時間の予定でした。


私の代理人弁護士との質疑はこんな内容でした。


・ほとんど食事もできず、地獄のようだった事件当時の状況
・仕事も休まざるをえず、復帰後も仕事が手につかなかった日々
・今日まで一度も謝罪すらない加害者の無反省な態度への怒り
・その後の父の悲惨な生活状況
・その父をケアするため、心身ともにボロボロになっている状況
・もう父の衰えも限界で、家族としてのケアも限界にきている現実
・現在の遺族活動と、そこに注ぎ込んでいる時間と労力
・最後に言いたいこと、などなど・・・


最後に言いたいことのところでは、全くのアドリブでしたが、
「裁判所はこんな執行猶予の食い逃げなんか許さないでほしい」
「日本の交通犯罪犠牲者の命は軽い。後に続いてしまう遺族が、
 二重三重に悔し涙を流さずにすむ判決を出してほしい」
という言葉が口をついて出てきました。


正直、事前の準備らしい準備はあまりしませんでした。
その時その瞬間、自然にあふれる気持ちが大切と思ったからです。


だから大体こういうことを聞くということは話し合いましたが、
それ以上はあえて自然の流れにまかせるという選択をしました。


刑事公判で、加害者がセリフ棒読みのブザマな三文芝居を行い、
傍聴席に失笑を巻き起こしたような真似をする必要もありません。

私の場合、実際にあったことを、あったままに、語るだけです。
心情についても、ただ感じたことを、そのまま語るだけです。


だからリハーサルも練習も必要ありませんでした。


対して、加害者の弁護士は何を聞いてきたか・・・


「今更ほとんど何も聞いてこないと思いますよ」
そんな我々の予想を見事に裏切ってくれました。


まず刑事裁判からいる例の笑える弁護士が色々聞いてきました。


「刑事判決に笛木被告は謝罪していると書いてありますよね」
 →「だから裁判官をだましたんじゃないですか!笛木は!」
   (※最初からここで一気に感情のスイッチが入りました)


「被告は病院に毎日通っていますよね」
 →「は?2回来ただけですが?」


「被告はお父様にも電話していますよね」
 →「『警察に呼ばれていますがどうしましょう』なんて電話ですよ」


「被害感情が強いから連絡するなと言ったのではないですか」
 →「父が気弱だから私に連絡するように警察経由で伝えていますよ」


「被告は毎日神社に通って、お母様の冥福を祈っていますよね」
 →「神社の人は写真を見てこんな人は見たことないと言っていますよ」


「でも被告は通っていると言っていますよね」
 →「嘘だと思います」


「・・・以上で終わります」


実際のやり取りをできるだけ忠実に再現してみると、こんな感じです。
最後まで愚かさ丸出しで、自爆してくれたことがわかると思います。


必死に「加害者は謝罪している」という作り話をしようとして、
誘導尋問を繰り返してきましたが、バッサリ斬らせてもらいました。


弁護士:「異議あり!それは誘導尋問です!」
裁判官:「異議を認めます」


よくそんなやり取りがドラマや映画ではおなじみかもしれませんが、
繰り返されるおバカ質問に対して、私があまりに即斬りだったので、
私の弁護士もそんなフォローをする出番すらなかったようです。


私もやや感情を露わにしましたが、あれはあれでOKのようです。


まあ、あくまで被害者遺族としての自然な気持ちの発露ですし、
そもそも加害者弁護士があまりに無礼な態度と口調だったので、
私の「逆鱗」は当然すぎるほど当然の話だったからです。


※細かい話ですが、私は自分の行為に「逆鱗」と使っています。
 漢籍にうるさい人は気づくことですが、意図して使っています。
 つまり私が加害者とその弁護士をどう見ているか表現しています。


その後、保険会社お抱えのもう一人の弁護士が、
両親の過去の病歴をいくつか聞いてきましたが、
「確かにこういうことがあったけど、それがどうしたの?」
というピントのずれた、意図も不明な質問でした。

閉廷後、私の弁護士とも、
「聞いてくる内容がすべてピントのずれたことばかりでしたね」
「まさか神社まで言ってくるとは想像もしていませんでしたね」
と顔を見合わせて、苦笑しあってしまいました。


母を殺した加害者は、結局最後まで醜悪な姿のままで終わりました。


その後は傍聴支援に来ていただいた方々と、
隣の弁護士会館の喫茶店で、語らいの時間となりました。
この日もたくさんの励ましをいただきました。


とにかく、これでひと段落です。


判決の言渡しは、年明け1月28日(火)13:10となりました。


まだ不確定ですが、判決の日に記者会見を行うかもしれません。
私の事件が広く警鐘を鳴らすきっかけになる可能性があるからです。


最後に余談。


立ち振る舞いは堂々と見えたようですが、心は乱れに乱れていました。


特に加害者弁護士のあまりの作り話ぶり、誘導尋問のあまりの露骨さ、
その口調と態度のあまりの無礼さには、激情を抑えるのに懸命でした。


気が付くと、親指の爪で、もう片方の爪の付け根を切り裂いていて、
血がダラダラ流れ、指で押さえて止血しながらのやり取りでした。


数時間後に取った写真はこんな感じです。


自転車に家族を殺されるということ


1日以上だった今も、紫色に腫れて、ズキズキ痛いです・・・。


そして、やはり極度に精神的エネルギーを使ったのか、
この日は家に着くや、文字通り、倒れ込んでしまいました。


そうそう、さらに最後の最後にもう一言。


ここは加害者側弁護士もちょこちょこ見に来ているようなので、
これを見ている明大昭平・法律事務所の池田直樹弁護士にアドバイス。


一応弁護士資格はお持ちの方のようですから、
法廷に入ったら、弁護士バッジくらいは付けたほうがいいですよ。
弁護士会館の喫茶店でも笑い話になっていました。


それと見たところ、60歳くらいの御仁のようですが、
「あのね」なんて幼稚な言葉づかいはしないほうがよろしい。
法廷のような公の場所では、特にそうです。
弁護士云々以前に、社会人としてみっともないので直しましょう。


「たくさん傍聴してきたけど、あの弁護士の言葉づかいは最悪だね」
これが今回傍聴した皆さんの完全一致した感想でした。


とにかく、しばらくは待つのみです。
後に続く遺族のためにも、良い判例を残せたらと思っています。


自転車に家族を殺されるということ

気が付けば、母が殺されてもう4年近くになります。
そして2年にわたる訴訟がようやく最終局面になります。


今週火曜日に証人尋問があります。


加害者側と公の場で対峙する最後の機会になりますので、
未知の方に対しても、傍聴支援の書き込みをさせていただきます。


【日時】11月19日(火)10:30~11:30
【場所】東京地方裁判所(霞ヶ関) 第530号法廷
【内容】私が証言台に立って話します。


今回で訴訟は結審し、年明けにも判決が下されます。


平日昼間ではありますが、どなたでもご自由にお越しください。
閉廷後、私にお声がけされても構いませんし、
たまたまの他の傍聴の方にまぎれて、遠目の観察でも構いません。


できるだけ広く知っていただきたいと思っています。
家族を殺されるということと、残された家族の苦しみと惨めさを。


もしかしたら赤裸々な話も出ることになるかもしれませんが、
恥ずかしいとも思いませんし、隠すつもりもありません。
あったことをありのまま、聞かれたまま、淡々と答えるだけです。


なお加害者側とこちら双方の準備書面の論点をまとめてみました。
論点と言えるのか・・・こうしてあらためて書き出してみると、
加害者側の主張がいかにバカバカしいか・・・ため息が出ます。



【被告準備書面1】
・自転車の衝突ではなく、道路への転倒が死因(意味不明・・・)
・信号が赤だったかどうかは今更知らない
・搬送先病院で医療ミスがあった可能性がある
・刑事公判で有罪判決を受けても、民事訴訟とは関係ない
・母の主婦性に疑いがあり、父の生活困難は無関係(意味不明・・・)
・母危篤時の付き添いのための休業損害や葬儀代は無関係
・父の鬱は間接被害だから責任はない
・父の鬱と事件との因果関係はない


【被告準備書面2】
・(搬送先病院のカルテを漫然と引用して)医療ミスの可能性がある


【被告準備書面3】
・医療ミスがあった
・母はベッドから転落して死亡したので、相当因果関係が切れている


【被告準備書面4】
・診断書は無理やり書かせたもので、父の鬱に因果関係はない
・父の状況も施設入所が必要なほど悪くない


【被告準備書面5】
・搬送先病院の意見書は間接加害者の書いたものだから信用性がない


【被告準備書面6】
・母の死因はベッドから転落したもので相当因果関係は切れている
・相当因果関係があっても、搬送先病院が共同不法行為の責任を負う
・だから病院に訴訟告知を行う


【被告準備書面7】
・(こちらが請求拡大に対して)「知らない」「争う」のみ連発



対するこちら側の準備書面は以下の通りです。



【原告準備書面1】
・父は間接被害者だから鬱の責任はないとの被告主張は失当
・民法でも被害者の配偶者の精神的被害の賠償を定めている
・母の死による父の精神的被害は民法の予定範囲である
・その因果関係も予見しうるもの


【原告準備書面2】
・被害者の死による配偶者の精神的被害を民法で排除していない
・そうなる流れも自然で因果関係はある


【原告準備書面3】
・医療ミスなどない
・ベッドからの転落もないし、仮にあっても死因に変化はない
・事件が原因で鬱状態になったと医師により診断されている
・(※父が通院していた旗の台メンタルクリニックが途中のカルテで、
  私たちに悪意むき出しで罵詈雑言を浴びせてきたことについて)
 そのカルテ箇所は私たちへの悪意による感情的記述で信用性がない
・すでに父に生活能力はなく、施設入所による介護が必要

※その後「請求の趣旨拡張の申立書」で、加害者側の
 異常なまでに不誠実を理由に、損害請求額を増額しました。