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自転車に家族を殺されるということ

交通犯罪犠牲者の命が紙クズ扱いされる司法を変えていきます。フェイスブック・Twitterも発信中。
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2014年1月28日に判決が出て裁判は終わりましたが、私の交通犯罪遺族活動は続いています。

今週末、世間ではお彼岸の連休でした。
日本の仏教思想ともリンクして、故人供養の期間でもあります。


うちも3月21日のお彼岸中日に、母の墓参りに行ってきました。




毎回「鬱がひどくて行く気になれない」と言い続けてきた父も、
「これ以上ずっと行かないと罰が当たるよな・・・」と言って、
今回は墓参りになんとか同行することになりました。


しかし何度も何度も拒み続けた末、今回やっと実現の父の墓参り。
「これが父にとって生涯最後の墓参りになるのかな・・・」
会うたびにどんどんダメになっているように思う父を見ていると、
やはりそういう気持ちはどうしても沸き起こってしまいます。


そして行くたびに思うことは、「遠い・・・遠すぎる・・・」
自宅から父を迎える実家まで30km、そこから墓地まで50km。
片道80km、往復で考えると計160km・・・。
母の墓参りで、母を悪く言ってはいけないのはわかっていますが、
こんな遠方にホイホイ墓地を買ってしまった母のお人好しぶりと、
何の配慮もなくそんな物件を売りつけた営業マンの非常識ぶりに、

毎回苛立ちを感じないわけにはいかない墓参りになっています。


今回は計8時間、運転をしていた計算になりました。


連休初日ということもあってか、大渋滞に次ぐ大渋滞が続き、
数メートル進んでは止まって・・・が道中のほとんどでした。




しかも父は生来の無口。加えて強度の鬱・・・。
「具合が悪かったら言ってね」「うーん」
「体調は大丈夫」「うーん」
これがこの8時間の車中での、父との会話の全てでした。


もう慣れっこですが、やはり普通ではないとつくづく思います。


しかしこれが父にとって最後かもしれないと思うからこそ、
今回はこうして一緒に行くことができてよかったと感じています。


命は、いつ、突然、断ち切られるかわかりません。
だから母の墓参りも、行くことができるうちに父も連れて行って、
回数を重ねることができてよかったと思っています。




 ***  ***  ***


そしてちょっと間奏曲。


夜7時前ギリギリに稲城の自宅に着いて、
すぐに7時集合の趣味(?)のイベントに参加しました。


暗闇を懐中電灯もなく歩く闇歩きというイベントです。


今回は稲城の里山を歩く催しだったので、興味がありました。


実は私が住んでいる場所は、東京らしからぬ山沿いで、
自宅からほんの徒歩5分で、里山に入ることができます。


昼間、時々ほっつき歩いてみることはしばしばありますが、
さすがに夜は、こういう機会でもないと怖くて行けません。


人でない者に会ったら怖いし、人に会ったらそれもまた怖い。


しかし夜の山は、瞑想的で、神秘的で、参加してよかった。
空の明かりにほのかに照らされる森林風景がとても幻想的でした。


街の光を遠くに感じることで、我が身を内観する機会にもなり、
木々の間を流れる風に、感覚が研ぎ澄まされる思いがしました。




遺族遺族遺族・・・だけで突っ走ってしまうと倒れてしまうし、
こうして心に水分補給をする機会も時に必要だと感じています。


 ***  ***  ***


そして連休最終日の3月23日は、あいの会の定例会でした。




内容は、あいの会のブログに書いたので、そちらをご覧ください。


あいの会定例会(2014.3.23)
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/37841235.html


取り急ぎ4月は総会を行うので、その準備をしなければなりません。


またお互いに現状を話し合って、アドバイスし合うことを行いましたが、
私は1月に民事訴訟が終わって、法廷闘争の場ということで言えば、
「卒業」をしてしまった身なので、その振り返っての思いを述べました。


やはりいろいろ不満はあるし、すべてが中途半端に終わってしまった。
その気持ちはどこまでもぬぐえません。


ただ訴訟のしがらみがなくなった分、自由になったことでもあります。


「仕方ない」で多くの人が黙ってやり過ごしていた不条理の数々。


私は「仕方ない」で済ませず、それらを一つひとつあぶり出して、
「こんなことはおかしいですよ」と掃除をしていこうと思っています。


内容が内容だけに、事後報告も多くなりますが、ご容赦ください。


ここでは書けないことも、今回の定例会ではいろいろ話しました。


ただ毎回実感することですが、交通犯罪被害者遺族であるという、
同じ傷を分かち合う大切な人たちと、こうして定期的に集まって、
お互いの想いを伝え合う時間は、本当に貴いものだと感じました。




2月はあっという間に過ぎ去ってしまったのですが、
そんな中でも、裁判所での講演を一つだけしてきました。


今更1ヶ月前の話をすることになってしまいますが、
ブログでも書かないと、記録として後々残らないので報告します。


フォーマルな報告としては、あいの会ブログで書きましたので、
ここではそのリンクだけ貼って、講演内容の報告としておきます。


さいたま家庭裁判所での講演活動(2014.2.17)
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/37711849.html


なので今回は、その他雑感的な内容を書いておきます。


実は・・・万全な体調で臨むことはできませんでした。
レジュメを準備していた前夜から風邪らしき症状が出始め、
(たいていの場合は悪寒&頭痛&下痢のトリオでやってきます)
直前ギリギリまで布団にくるまって体調回復を願っていましたが、
やはり少し朦朧とした状態での講演になってしまいました。


その分、緊張はしないで済んだのは良かったのかもしれませんが、
やはりもっとクリアな状態で、受講者の方に想いを伝えたかった。
レジュメも完備していたので、整理して話はできたと思いますが、
そういう意味では、申し訳ない気持ちは残してしまいました。


しかしこういう機会一つひとつは大切にしたいと思っています。


私の話の断片でも、受講者の脳裏の片隅に生き続けていたら、
「あ!ああした悲劇を起こさないためにも気をつけなくては!」
車や自転車に乗る際に、そう一瞬でも思い出してもらえたら、
悲劇が減り、遺族が減ることに繋がっていくと思うからです。


今回は私一人の1回だけの講演です。


しかし全国では少なくない遺族の方が講演活動に回っています。
その人数と回数の蓄積は、間違いなく大きな影響力になっています。


そんなに簡単に休める会社で働いているわけではないこともあり、
なかなか講演をお受けするというわけにはいかない現実もあります。
それでも、悲劇をなくす影響力のわずかな一押しに加わるためにも、
これからも受けられる講演の機会は大切にしたいと思っています。




気が付けば、前回判決報告の記事を書いて以来、
1ヶ月以上、ずっとブログを更新できていませんでした。


理由は単純。日々が慌ただしかったということがありました。
1月までは周りにも迷惑をかけていたので、
その分の穴を埋めなければならなかったこともあります。


なので今回、2月までのことをざっと振り返ります。


まず判決のこと。
結局、控訴はせず、判決確定とさせました。
加害者側も控訴はしてきませんでした。


報道が騒ぐような画期的な勝訴判決などではありません。
ごく普通の平均的な判決です。凡庸な判決と言ってもいい。


繰り返しになりますが、直接被害については当たり前の判定。
慰謝料勘案については、加害者側のおバカ自爆が若干加味。
(ネット流布の表現を使えば、まさに「ファンタジー主張」。
 加害者が最後までピエロでいてくれたおかげで楽ができました)
間接被害については、いろいろ理由を拾われて却下。


つまり従来の判例通りで、何も目新しい点のない判決でした。


今回は、我々も直接は認められないだろうと予想はしつつ、
慰謝料増額を見越して、この間接被害に力点を置いていたので、
それが判例通りのまま、結局認められなかったというだけでした。
ただこのことは追々書きますが、今後の課題の一つなりました。


ここで意地になって控訴しても、結果は見えていますし、
それでも今回は平均以上の判決なので、それを汚すような格好で、
「原告の請求を棄却する」
という最終結末にしたくなかったことが控訴せずの理由でした。


またマスコミ報道についても意見はあります。
個々人の記者の方々は、真摯な方も決して少なくないありません。
しかし組織として、記事や番組に仕上げられる過程において、
どうしてもその報道機関の伝えたいストーリーに作られがちです。
「自転車でも高額賠償が認められた!自転車もリスクを考えろ!」
今回もまずこのストーリーありきで、それ一色となっていました。


しかし、この伝え方は間違っています。
これまでも、自動車であろうと、自転車であろうと、
似たような判決が出され続けていたというのが現実です。
ただ初めて発言する自転車遺族が私だったというだけの話でした。


ネットでもいろいろと書かれました。
ネットの定番と言ってよい罵声も、通過儀礼として受けましたし、
逆に加害者の身辺について、情報提供をしてくれた方もいました。
結局それだけ関心を集めたことは良かったことだと思っています。


他にも2月は動きもありました。
私自身も、初めて家庭裁判所での講演を行ってきたりもしました。


訴訟が終わった今年は、ゴミ掃除も行わなければなりません。


これまでの4年間で、たくさんの「ゴミ」を見てきました。
つまりあってはいけないことが、あまりにまかり通っているのです。


ほとんどの遺族は「仕方がない」と目をつぶって耐えてきたゴミ。
しかしここで片づけないと、延々遺族を嫌な目に遭わせ続けます。
ですから「仕方ない」で済ませず、そのゴミを一つひとつ拾い上げ、
「こんなゴミがこの国にはあります。皆さんどう思いますか?」
と問題提起し、掃除することを今年の課題にしたいと思っています。


やることリストは既に作っています。
かなり膨大なタスク表です。
スケジュール感として、今年いっぱいはかかると予想しています。
一部年末から先行して進めているタスクもありますが、
また順を追って、動きつつ、結果報告をしていきたいと思います。

判決の日はやはり激動で、帰ってからずっと寝込んでいました。
なのであらためて、判決と記者会見を振り返ってみます。


***


昨夜も書きましたが、ざっと判決文を読むとこんな感じでした。


・母が殺されたことの損害については、ごく当たり前の相場主義。
・慰謝料については、若干加害者の不誠実が加味されている様子。
・しかし判決理由に加害者不誠実への言及なし(これが悔しい)
・さらに父が壊れたことについての因果関係は棄却(これも悔しい)
・その理由に父を嫌ったメンタルクリニック医師のカルテを引用。


だから私は昨夜、微妙な判決だと書きました。


報道では「高額賠償判決」の文字ばかりが踊っていますが、
私にとって、主張の半分も認められていない、微妙な判決でした。


嬉しいかと聞かれたら、ちっとも嬉しくありません。
そもそも家族を殺されて、その代わりにお金をもらったところで、
そんなものを嬉しいと思うわけがありません。
そんなことより、刑事公判の裁判官には、実刑をつけてほしかった。


今回の民事訴訟の判決について、言いたいことは2点。


少しでも加害者のふざけた態度に眉をひそめていただいていたなら、
それを判決理由のどこかではっきり指摘してほしかった。
そして加害者の醜悪さを厳しく糾弾してほしかったと思っています。
おそらく裁判官はそれを理解していたと思うし、だからその判断を
慰謝料に加味されたのでしょうが、やはり言葉にしてほしかった。


もう一つは残された遺族の生活の破壊にも目を向けてほしかった。
母が殺され、父は完全に壊れてしまいました。
親戚付き合いはほとんどなく、私は一人っ子です。
誰にも頼れず、父の様子を見続ける絶望と惨苦を知ってほしかった。
事件に遭わなければ、奪われることのなかった平穏な生活・・・
それが奪われることの苦しみを想像してほしかったと思っています。


報道では「勝訴判決」という表現もあったようですが、
そんな気分は全くしていないのが、正直なところです。


「車並み」という表現も目立ちますが、それは当たり前のことです。
刑事だけは重過失致死という扱いが異常だと言っているわけですから。
今回は相場主義に、加害者不誠実が少し考慮されただけの判決でした。


***


記者会見については、ここで具体的に書かなければと思っています。


想像はしていましたが、報道はほぼ「高額賠償判決」一色です。


記者会見冒頭に、そういう捉え方はしないでほしいとお願いしましたが、
やはり時間や紙面の関係で、ワンフレーズにとどまりがちなようです。
(決して報道の方を責めるつもりはなく、制約の問題と考えています)


そして私が高額賠償判決を歓迎しているような捉え方も一部されました。
嘘です。何も喜んでいません。
確かに一部は評価。しかし大半は課題として突きつけたつもりです。


記者会見の内容は、こんな内容です。


【①今回の判決について】
直接被害は認められたが、間接被害を認められなかったのは残念だ。
しかし直接被害については、重大な事件だと判断された意味は大きい。
自転車は軽く扱われがちだが、そうではないという機会にしてほしい。


【②刑事公判を振り返って1(自転車の位置づけ)】
自転車は道路交通法上は車両だが、刑法や自動車新法では対象外。
今後も自転車遺族は重過失致死で軽い刑に泣くと思うとやりきれない。
自転車も人を殺める凶器になりうるし、交通犯罪として扱ってほしい。
自転車の新法を作るか、車両としてはっきり刑法に組み込んでほしい。


【③刑事公判を振り返って2(執行猶予について)】
今回加害者のように執行猶予は食い逃げ可能なものになっている。
執行猶予付き判決など、実質無罪に他ならない。
執行猶予が付けば加害者はそのまま家に帰って罪を忘れてしまう。
しかし1年でも半年でも1ヶ月でも1週間でもいい、実刑になれば、
刑務所に収監され、その間、犯した罪と向き合うことができる。
人の生命を奪った犯罪は、原則実刑にする法整備をしてほしい。
執行猶予を得た理由を反故にした場合は、収監する法改正も必要だ。


【④支援の重要性】
被害者遺族は孤独になってはいけない。
私は刑事公判の時、孤独で被害者参加制度も活かせず無念を残した。
きっと他の自転車遺族も、同じく孤独で、無念を残していると思う。
だから伝えてほしい。ここにあいの会があって、自転車遺族がいる。
もし孤独に苦しんでいる自転車遺族がいれば、連絡をしてほしいと。
繋がって、支え合うこと、支援、サポートはとても大切なことだ。


実際はこうした内容を話しました。
しかし大半は、赤字部分しか報道されていないような気がします。
なので、ここであらためて自分の会見内容を書かせてもらいました。


横に一緒に座って支えてくれた、うちのあいの会代表の小沢さん。
あらためて、ありがとう。本当にどれだけ勇気づけられたか・・・。
いつも感謝しっぱなしだけど、今回も感謝し通しでした。


その小沢さんより、自転車教育についても一言触れました。
自転車は子供の頃から誰もが乗るから安全教育が大切だという、
普段母親をしていて、痛感している思いを記者に伝えました。
(ただこれが報道されていないのは、やはり残念です・・・)


***


今回は、やたらと高額賠償判決として報道され、
ちょっとしか見ていませんが、ネット上も炎上しているようです。


このブログも普段1日200~300人の訪問者がいる程度ですが、
判決当日は5000人以上の訪問があり、びっくりしています。


しかし違います。


賠償額の問題なんかで片づけてほしくない。


他の遺族もそうです。お金がほしくて民事を起こす人はいません。
そんな薄っぺらい理由で、何年も訴訟なんてできません。
そういう形でしか意見提起できないから、そうしているだけです。


奪われた生命の尊厳を取り戻すこと。
軽く扱われがちな交通犯罪の重大性を訴えること。
少しでも良い判例を残し、後に続く遺族の支えを作ること。


私たちは、そうした目的のために、民事訴訟を起こしています。


そして全国の自転車遺族の方へ。


このブログを見ていたら、お願いです。
どうか私に連絡をください。


繋がって、支え合いましょう。


私にできる支援があれば、微力ですが、支えさせてください。


記者会見後、あいの会で一つの議決がされました。


あいの会支部として、全国自転車遺族の会(仮)を作ること。
あいの会は関東だけど、自転車遺族は全国規模とすること。


遺族は孤独になってはいけません。
繋がり合いましょう。

とっくに日付も変わり、深夜になってしまいましたが、
本日(1月28日)、民事訴訟の判決を聞きに行き、
その後、司法記者クラブで記者会見を行いました。


帰宅後、燃え尽きてしまい、ずっと倒れていましたが、
今夜中に一言だけでも書いておきたいと思いました。


すでに各社ニュースで見た方もいるかもしれませんが、
一応「高額賠償判決」と言われる結果になりました。


ただ細かく言えば微妙です。


確かに直接被害部分はそれなりの判断をしてもらいました。
しかし間接被害部分(特に父が完全に壊れてしまったこと)
については、結局何も認めてもらえませんでした。


家族を殺されるということは、これまでも繰り返しましたが、
ただ一人の生命が奪われたということだけではありません。
残された家族の生活が破壊されることでもあるのです。


その部分が認められなければ、暗雲はそのままです。


今後どうするかは、現在考え中です。
判決文を読み込んで、その後あらためて判断します。


そして記者会見。


今回民事ということもあり、最後の最後まで迷いましたが、
(タカリ屋出現というリスクがどこまでも付きまとうため。
 怒鳴りつけて排斥or絶縁すればいいだけと判断しました)
結局、顔と名前を出すことはOKにしました。


警鐘を鳴らす目的のためには、そうすべきと判断しました。


ずっと一緒に闘ってきてもらった正田弁護士と、
あいの会代表の小沢さんに一緒に登壇してもらいました。


今回は、全国交通事故遺族の会とあいの会の仲間たちに、
駆けつけてもらい、どれだけ力づけられたかわかりません。


今までの「自分が出演した番組は見ない」という禁を破り、
今回だけは、帰ってから、一通りニュースを見ました。


どこも予想以上に大きな扱いで、正直言って驚きました。


ずっとご無沙汰の旧知の人からも立て続けに連絡が入り、
あらためてテレビの影響力の大きさを再認識しました。


だから今日、会社に行くのが少々怖かったりします(笑)


「これでも今回は一応勝訴判決だったのかな・・・」
各社報道を通して見ると、そう感じる部分も出てきました。


しかし、どこまでも心情は微妙です。


判決の詳細(当然公には書けない部分もあります)
や、記者会見で話した具体的な内容については、
また今夜にでも、あらためて書かせていただきます。




母が殺されて4年、訴訟提起から2年・・・
その2年間闘ってきた訴訟の判決が今週火曜日に出ます。


ついては最後の傍聴支援の呼びかけをさせていただきます。



【日時】1月28日(火)13:10
【場所】東京地方裁判所(霞ヶ関)第530号法廷



判決後、裁判所内の司法記者クラブで記者会見を行います。
記者会見は、13:30からの予定です。


記者会見は勧められた当初、どうしようか迷いましたが、
やはり私の事件の判決が、社会への警鐘になればと考え、
行わせていただくことを決めました。


ちょうどオウム平田裁判のタイミングと重なってしまっており、

流れは未知数ですが、良い報告ができればと思っています。


判決に際し、特にこれといった気負いも、緊張もありません。
ただ裁判所が常識的な判断をされることを願うのみです。
そして、きっとそうなるだろうと思っています。


結果については、また報告させていただきます。


1月26日(日)、あいの会の新年会を行いました。


2014年になってから、あいの会としては初めての集まりでした。


あくまで新年会です。
ここで「こんな内容を話し合った」と報告することはありません。


ただ今年も、課題は多く、やることは山積しそうです。
あらためて仲間で力を合わせて闘っていきたいと思っています。


※写真は一風景。私は撮影者なので写っていません。




大きな前進と言ってよい出来事がありましたので、
私自身のこのアメブロでも、報告させていただきます。


タイトルの通りですが、内閣府のホームページにおいて、
犯罪被害者団体の一つとして、あいの会をご紹介いただきました。


詳細は、あいの会公式ブログの下記ページをご参照ください。


【内閣府ホームページに紹介ページを作っていただきました】
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/36658755.html


決して、はしゃぐつもりはありません。
また国のホームページに、私たちの会の名が連なったところで、
交通犯罪の悲劇は、変わらず、今日も発生し続けています。


しかし、こうして国からも存在を公式に認めていただくことで、
私達あいの会の活動が、私達が目指そうとしている
交通犯罪への理解と支援を広げることにより強く繋がっていく。


そう信じて続けていくことのできる出来事だと思っています。

今日は4年前に殺された母の命日でした。
なので会社は有休をいただき、墓参りをしてきました。


妻と二人だけの寂しい墓参りでした。


特に今日は寒かったせいか、寂しさもよりひとしおでした。


父にも電話をして「一緒に行こう」と声をかけましたが、
「行く気が起きない。鬱が強くなってどこにも出たくない」
と言われてしまい・・・父不在での墓参りになりました。


父は生きている間、もう母の墓に行くことはないのかも・・・
そんな予感も、だんだん確定的になりつつあるようです。


自分の知らないうちに、両親が墓石の営業マンの口車に乗せられ、
遠方の不便な所に墓を立てられたことを恨まずにはいられません。
お人好しで、毅然と話ができず、買い物も常に下手な両親でした。
(そんな両親に反発して、私は腹黒く育ってしまいました)


両親の気弱なお人好しぶりが祟ったためか、内気が災いしたか、
私は親戚付き合いがほとんどろくにない家庭に育ちました。


だから年末年始というと、もの寂しい思い出しかありません。
ずっと静かにTVの駅伝を見ている・・・それが実家の正月でした。


なので命日といっても、お坊様を法要をしようとしたところで、
「誰を呼ぶ?」「いや、呼ぶ人なんてほとんどいないじゃないか」
とみじめな思いをするだけなので、内々の墓参りだけにしました。


母の命日は、そんな我が身のみじめさを実感する日でもあります。


ただ同時に、それは我が身の至らなさをあらためて振り返り、
「こうならないようにしよう」「こうできるようにしよう」
と気持ちを引き締め、決意を奮い立たせる日にもなっています。


再来週には民事訴訟の判決も下されます。


どちらかが控訴という可能性もないわけではないでしょうが、
そうでなければ、きっと遺族として次のステージに移ります。


「皆さん、こんなことを考えていますが、どうでしょうか?」
という意見提起の書き込みも増やしていくと思います。


また自分のことなどではなく、他の方をどう支援していくか、
純粋にそういう視点で考えて、動くことになると思います。


そんなことを思い、長距離移動に費やした母の命日でした。



皆さま、今年もよろしくお願いいたします。


気が付けば年末年始休みも今日で終わり・・・。
明日から平々凡々たる日常生活が再びやってきます。
もう街並みもあまり正月らしくなくなっていますね。


あいの会としても、下記の通り新年挨拶を出しましたが、

http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/36148177.html

ここでは個人として正月のことを書こうと思います。


これは交通犯罪被害者遺族ブログですし、
前々回の記事に書いた通り、私の場合、
母の命日カウントダウン真っ最中の時期になります。


しかしそんな私も人並みな正月を過ごしていました。


元日は初詣に行き、
(浅草で浅草寺→待乳山聖天がここ数年の巡回路です)
2日は双方の実家に行ってきました。
(私の実家のほうは一人孤独に過ごさせてしまっている
 父のケアという「ミッション」になってしまいますが。
 やはり父一人の実家に行くと惨めな気持ちになります)




あとは何事もなく静かに過ごしていました。
映画なし、外食なし・・・まあ地味な正月ですね。


これは被害者遺族になる前からの変わらない志向ですが、
正月のバラエティ番組は苦痛なので、基本的に見ません。


クリスマス前に収録している時間潰しの垂れ流し映像を、
ダラダラ何時間も見させられるほど苦痛なものはないから。


人生は有限と考えていますし、ただでさえ少ない時間です。
そんなダラダラ潰せる時間の余裕はないと思っています。
(ただ昔の正月にやっていた自然系の番組は好きでした。
 あとトリックとスペックは好きなので断片的に見ました)


しかしやはり被害者遺族としては、年末年始というのは、
複雑な気持ちで過ごさなけばならない時期でもあります。


こちらの事情を知って「おめでとう」と言ってくる輩には、
悪意はなくとも、その無神経に苦笑する時期でもあります。


ただ普段できずにいた課題をしたり、読めない本を読んだり、
今後書くだろう文章の草稿を書きためるには良い時間です。


今月末には抱えていた裁判の判決が出ます。
それに伴って、遺族として行う内容が純粋に広がります。
いくつか腹案がありますので、追って提起していきます。
あいの会としても、進めようとしている活動が控えています。
よって今年はまたミッションが山積になります。


今年はもっと時間の使い方を考えたいと思っています。
倒れたら元も子もありませんし、健康も大事です。
平日に睡眠時間を削るようなことはなくしたいと思います。
また、あいの会の集まりの際も、今年こそは遅刻せず、
余裕を持って合流できるようにしたいと思っています。


もっと情緒的に振り返りたいことがいくつかありますが、
長くなってしまいますし、今回は抱負にとどめておきます。


立ち止まってゆっくりする時間はありません。
悔いのない1年にしたいと思います。