多くの被害者遺族にとって、年末年始は複雑な時期になります。
「あけましておめでとうございます」と世間が連呼しているなか、
そんな自分たちだけは、そんなに(全く)おめでたくないからです。
特に冬に被害者遺族になった方は、その気持ちを強く持っています。
そんな私自身、遺族となった事件から2~3年の間は、
「あけましておめでとう」と平然と言ってくる人に対しては、
その無神経ぶりに殺意を覚えたことも一度や二度ではありません。
(さすがに昨年くらいからは「仕方ないこと」と諦観しました)
年賀状のやり取りを断固拒絶する遺族は少なくありません。
初詣、いや、そもそも神仏を拒絶する遺族も少なくありません。
(「神も仏も存在なんかしない」と言い切る遺族は大勢います)
※ただし私が縁のある遺族は「活動する」「闘う」「声を上げる」
人ばかりなので(そうでないと、そもそも知り合っていない)
そうでない「沈黙する」「忘れようする」遺族はわかりません。
話題は飛びますが、ふとキリスト教のような一神教の世界で、
被害者遺族になった人は、どんな心境になるのだろうと思いました。
完全に専門外の分野のうろ覚えですが、例えばキリスト教神学では、
ナチスの前と後では、神というものの立ち位置が全く違うと聞きます。
「もし全知全能の神というものがいるのであれば、
なぜあれだけの悪が成し遂げられるのを黙って許したのか。
ただなすすべもなく、指をくわえて見ていただけなのか。
であれば、そんな無能な神などはいらない」
この強い神否定の言葉は、今も力を失っていないとも聞きます。
(これについては細かい神学の議論があるそうです)
しかし別にナチスのような大歴史的な話を持ち出すまでもなく、
そうした社会で、理不尽な展開で被害者遺族になったら、
完全無神論や悪魔崇拝に流れる人もいるだろうと想像します。
そんな強い宗教観に縛られない日本でも、遺族になってしまうと、
年賀のやり取りや、初詣のような「やや宗教的な」行事を、
能天気で愚かなこととして、拒絶するのは自然だと思います。
私は、死生観が若干平均値からずれている変わり者だったこともあり、
そこまでの劇的な心境変化はありませんでした。
時折冗談めかして書いていますが、元々怪談の話であるとか、
幽霊や妖怪や異界の話が好きで、仏教や呪術も興味対象なので、
死後の世界があるかないかという議論などは最初からすっとばし、
自明のこととして生きてきたことが、大きかったと思います。
何かを特別に信じているというのではなく、単純に、
そう考えて生きたほうが世界が豊かになると思っていたからです。
だから私は、心がそんなに壊れずに済んだということがあります。
(これは私が親を奪われたこともあります。遺族の方々をみていると、
最愛の夫・妻や、我が子を奪われた感情の烈しさは別次元です。
このことはまた記事をあらためて書きたいと思っています)
しかしだから、父は逆に、大きく壊れてしまったのだと思います。
父は元々無神論者だったため、支えの人が目の前からいなくなると、
心身だけでなく、その魂が大きく破壊されてしまうことになりました。
ただ、そんな私も決して無傷ではありませんでした。
刑事公判中、すがる対象が欲しくて、加害者の実刑を望み、
都内のそこそこ有名なある不動明王寺院に祈祷をお願いしました。
(余談ですが、江原啓之が「都内最強のパワースポット」とTVで触れ、
以来「それ系」の妙な人が沸くようになってしまった寺院でもある)
しかし加害者は楽々と、執行猶予という名の無罪放免を勝ち取り、
私は「何もしてくれなかった」「悪を勝たせた」との恨みをひきずり、
結局、その寺院やお不動さんとは縁遠くなって今に至っています。
しかし事件後も、初詣は続けてきました。
残された自分と家族、そのこれからも続いていく人生のために、
幸あれと気持ちを向けることは、大切なことと考えてきたためです。
悲劇に遭っても、決して後ろ向きに、世を恨んで終わりにはしたくない。
悲劇をきっかけに、表面的でない、心から繋がる新しい仲間と出会い、
世の中を変えていく新しい使命を持ったことは胸に抱きしめ、
それも含めて自分と家族の人生を前向きに考えたいと思っています。
昨年、娘が生まれたことをきっかけに、年賀状も一部再開しました。
ずっと遺族遺族だけでは、妻と娘の未来まで潰すと考えたからです。
そしてそんなことは私の望む未来ではありません。
能天気に「あめおめ」等とハシャぐ人生に戻ることはありませんが、
節々の歳時記的な行事は、受け入れられることは受け入れつつ、
楽しむことは楽しみ、自然体で前に進んでいきたいと思っています。
縁をいただいている方には、今年も変わらない縁をお願いします。
被害者遺族になって以来、縁の大切さを噛み締めて生きています。













