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自転車に家族を殺されるということ

交通犯罪犠牲者の命が紙クズ扱いされる司法を変えていきます。フェイスブック・Twitterも発信中。
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2014年1月28日に判決が出て裁判は終わりましたが、私の交通犯罪遺族活動は続いています。

多くの被害者遺族にとって、年末年始は複雑な時期になります。


「あけましておめでとうございます」と世間が連呼しているなか、
そんな自分たちだけは、そんなに(全く)おめでたくないからです。
特に冬に被害者遺族になった方は、その気持ちを強く持っています。


そんな私自身、遺族となった事件から2~3年の間は、
「あけましておめでとう」と平然と言ってくる人に対しては、
その無神経ぶりに殺意を覚えたことも一度や二度ではありません。
(さすがに昨年くらいからは「仕方ないこと」と諦観しました)


年賀状のやり取りを断固拒絶する遺族は少なくありません。


初詣、いや、そもそも神仏を拒絶する遺族も少なくありません。
(「神も仏も存在なんかしない」と言い切る遺族は大勢います)


※ただし私が縁のある遺族は「活動する」「闘う」「声を上げる」
 人ばかりなので(そうでないと、そもそも知り合っていない)
 そうでない「沈黙する」「忘れようする」遺族はわかりません。


話題は飛びますが、ふとキリスト教のような一神教の世界で、
被害者遺族になった人は、どんな心境になるのだろうと思いました。


完全に専門外の分野のうろ覚えですが、例えばキリスト教神学では、
ナチスの前と後では、神というものの立ち位置が全く違うと聞きます。


「もし全知全能の神というものがいるのであれば、
 なぜあれだけの悪が成し遂げられるのを黙って許したのか。
 ただなすすべもなく、指をくわえて見ていただけなのか。
 であれば、そんな無能な神などはいらない」


この強い神否定の言葉は、今も力を失っていないとも聞きます。
(これについては細かい神学の議論があるそうです)


しかし別にナチスのような大歴史的な話を持ち出すまでもなく、
そうした社会で、理不尽な展開で被害者遺族になったら、
完全無神論や悪魔崇拝に流れる人もいるだろうと想像します。


そんな強い宗教観に縛られない日本でも、遺族になってしまうと、
年賀のやり取りや、初詣のような「やや宗教的な」行事を、
能天気で愚かなこととして、拒絶するのは自然だと思います。


私は、死生観が若干平均値からずれている変わり者だったこともあり、
そこまでの劇的な心境変化はありませんでした。


時折冗談めかして書いていますが、元々怪談の話であるとか、
幽霊や妖怪や異界の話が好きで、仏教や呪術も興味対象なので、
死後の世界があるかないかという議論などは最初からすっとばし、
自明のこととして生きてきたことが、大きかったと思います。


何かを特別に信じているというのではなく、単純に、
そう考えて生きたほうが世界が豊かになると思っていたからです。


だから私は、心がそんなに壊れずに済んだということがあります。
(これは私が親を奪われたこともあります。遺族の方々をみていると、
 最愛の夫・妻や、我が子を奪われた感情の烈しさは別次元です。
 このことはまた記事をあらためて書きたいと思っています)


しかしだから、父は逆に、大きく壊れてしまったのだと思います。


父は元々無神論者だったため、支えの人が目の前からいなくなると、
心身だけでなく、その魂が大きく破壊されてしまうことになりました。


ただ、そんな私も決して無傷ではありませんでした。


刑事公判中、すがる対象が欲しくて、加害者の実刑を望み、
都内のそこそこ有名なある不動明王寺院に祈祷をお願いしました。
(余談ですが、江原啓之が「都内最強のパワースポット」とTVで触れ、
 以来「それ系」の妙な人が沸くようになってしまった寺院でもある)


しかし加害者は楽々と、執行猶予という名の無罪放免を勝ち取り、
私は「何もしてくれなかった」「悪を勝たせた」との恨みをひきずり、
結局、その寺院やお不動さんとは縁遠くなって今に至っています。


しかし事件後も、初詣は続けてきました。




残された自分と家族、そのこれからも続いていく人生のために、
幸あれと気持ちを向けることは、大切なことと考えてきたためです。


悲劇に遭っても、決して後ろ向きに、世を恨んで終わりにはしたくない。


悲劇をきっかけに、表面的でない、心から繋がる新しい仲間と出会い、
世の中を変えていく新しい使命を持ったことは胸に抱きしめ、
それも含めて自分と家族の人生を前向きに考えたいと思っています。


昨年、娘が生まれたことをきっかけに、年賀状も一部再開しました。
ずっと遺族遺族だけでは、妻と娘の未来まで潰すと考えたからです。
そしてそんなことは私の望む未来ではありません。


能天気に「あめおめ」等とハシャぐ人生に戻ることはありませんが、
節々の歳時記的な行事は、受け入れられることは受け入れつつ、
楽しむことは楽しみ、自然体で前に進んでいきたいと思っています。




縁をいただいている方には、今年も変わらない縁をお願いします。
被害者遺族になって以来、縁の大切さを噛み締めて生きています。



先日12月28日、あいの会で忘年会を行いました。


あいの会ブログでも書きましたので、よろしければご覧ください。


【忘年会】
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/42632914.html


以下、個人的な駄文です。




実は私、飲み会なるものがそんなに好きではありません。


20代前半までは好きでした。

しかし、当時の自分の内面を振り返ってみると、
「自分は充実している!」「自分は人とつながりをもっている!」
そう思いたかっただけなのかもしれません。
心理学でいう「承認欲求」の一つの現れだったのかもしれません。


そんな自分に気づいたのは20代後半以降でした。
だんだん体力も落ち着いて、人生は有限と気づき始めるにつれて、
「明日のためにも、早く帰って、ゆっくり心身を休めたい」
「家で読みたい本のページを進めたい。勉強の時間がほしい」
そんな気持ちが強くなり、正直に行動に移すようになりました。
(このあたり自分はつくづくハッキリした性格だと感じています)


だから今も、無意味だと思う飲み会は避けるようにしています。


しかしもちろん、有意義な飲み会は参加するようにしています。
あいの会の集まりも、そんな一つ・・・いや筆頭の存在です。


決して遺族同士の傷の舐めあいではない、本当の支えあい。


被害者遺族にならなければ、自分がそういう立場にならなければ、
たぶん今でも、そういう集まりには無関心だったかもしれないし、
「ただの傷の舐めあいでしょ」と見下していたかもしれません。


しかし今では、それは間違っていると知っています。


被害者遺族だけではない。
癌、うつ病、難病、認知症、依存症、貧困・・・
世の中にはいろいろな苦しみを抱える人がいて、
その苦しみを支えあう集まりがたくさんあります。


人は決してそんなに強い存在でもない。
また常に正しい判断や選択をできる存在でもない。
(多くは間違った判断や選択をする)


一人で苦しんで、心を真っ黒に染め上げ、前に進むこともできず、
誤った判断を繰り返し、さらに病むという悪循環を防ぐためにも、
支えあうことのできる仲間を見つけるのはとても大切なことです。


支えあう仲間がいて、集まりの場も持ち、温かいつながりがある。
そうあることで、正しい判断をして、後に悔いを残さずに済む。
そして自身もまっすぐな心でいることができる。
さらに自分の苦しかった経験を、同じ苦しみの中にいる人のために、
「私はこうだったからあなたはこうして」と役立てることができる。
そうすることで自分の苦しみを尊いものに昇華させることができる。


いま、私は、そうすることができるようになって、
苦しい経験をしたけれども、心が冷たくならないで済んでいます。


クリスマスから年末年始は、自殺者の多くなる時期でもあります。
(以前も書きましたが、私も生まれ育った家庭環境のことがあり、
 正月は寂しいという感覚が強く、今も無常観を感じがちです)
町が華やぐ分、つらい孤独や苦しみを抱えていれば、
その人にとって、それが今まで以上に大きく感じる時期だからです。


だからこそ、特に被害者遺族のような立場の人にとっては、
今回のあいの会忘年会のような場は大切にすべきと感じています。

10月21日付最高検通達のことを、あいの会ブログに書きました。


【2014年10月21日付最高検通達(その内容と使い方)】
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/42406356.html


ある日突然、被害者・遺族になってしまった上に、
頼りにするはずの検事までも頼りにならないとわかった場合、
遺族として自衛するための武器となる通達が出されたので、
一人でも多くの被害者・遺族に知ってほしいと思ってアップしました。


さらに自転車交通犯罪によって被害者・遺族になってしまった場合、
「ハズレ」検事に当たる可能性は高くなるのではと危惧しています。


なので自分のこのブログでも、こうしてあらためて書いてみます。


私の場合のように、自転車による加害者に家族を殺された場合、
現行法において加害者は「重過失致死」という罪状で裁かれます。


交通犯罪そのものが厳罰化に向けてようやく前に進んでいる今、
自転車交通犯罪だけが、いまだにその動きから完全に取り残され、
最高刑懲役5年のオママゴトみたいな罪状が適用になります。


だから刑事公判における加害者側の弁護士は楽なものです。


「反省してま~す♪」という白々しいお芝居を法廷で演じさせれば、
執行猶予という名の実質無罪放免を獲得するのは簡単だからです。


よほど心ある裁判官に(加害者にとっては運悪く)当たらない限り、
大方の裁判官は、そんな見え透いたお芝居に乗ってきてくれて、
「はい、加害者は反省している。合格。執行猶予おめでとう」
という判決を出してくれます。


加害者側弁護士としては、何の努力も必要ありません。


そんな現状のなかで、自らが受け持った自転車交通犯罪に、
担当検事がどこまで情熱とエネルギーを注ぎ込んでくれるか。


どうしてもそのことに思いが行ってしまうのです。


大半の検事は立派な方で、被害者遺族に寄り添い、
できる限りの尽力をしてくれると思います。そしてそう信じたい。


しかし車による交通犯罪でも、耳を疑う話を今でも聞きます。


多くの副検事は、今でもダメダメです。
(もちろん真摯で優秀な副検事も決して皆無ではないでしょうが)
また正検事でも、担当者や地域で当たり外れが出たりします。


さらに軽く扱われがちな自転車交通犯罪の場合、
そんな二次被害を受ける被害者遺族がより多く出ていないか。
そんな危惧を抱いています。


しかし当然のことですが、今回の最高検通達は、
「自転車交通犯罪は軽視して構わない」とは言っていません。
自転車交通犯罪の被害者・遺族も、
他の被害者と等しく、適正な対応を受けなければなりません。


もちろん、通達があるからといって安穏としてはいられません。
通達を軽視する検事の存在は、決してゼロではないでしょう。


だからこそ自転車交通犯罪の被害者・遺族も、今回通達を使い、
検事に最大限動いてもらうよう、働きかけてほしいと思います。



関東交通犯罪遺族の会(あいの会)のブログでは報告済みですが、
あらためて個人ブログでも、今年のハートバンドを振り返っておきます。


【関東交通犯罪遺族の会(あいの会)ブログ】
1日目
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/42155782.html
2日目
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/42155787.html


今年は家庭の事情もあり、泊まり参加はかなわなかったので、
終電ギリギリまで、1日目の二次会まで堪能してきました。


今年はとりたてて劇的な出来事はありませんでした。


いわば同窓会的なハートバンドになりました。


ただ、1年に1回しか会えない遺族仲間も決して少なくないわけで、
そんな人達と顔をあわせて話ができる機会はやはり大切な時間です。


またやり取りで勉強になったこともたくさんありました。


またやり取りの中で、本来守ってもらうべき警察や検察から、
二次被害などという言葉ではとても足りない、
冒涜と言うべき扱いを受ける遺族が少なくないことも知りました。
まだまだ生命が軽視されている現実の一面を知りました。


今年を振り返ってみると、しなければいけないことばかり積み重ね、
「これもしなきゃ!」「あれもしなきゃ!」
とお題目を唱えているうちに、過ぎ去ってしまった1年でした。


これは公私ともに立て込み、それだけに追われていた現実があります。
だから遺族としての活動は、あいの会の仲間任せになってしまった。
そのために活動としては、悔いの残った1年でもあります。


しかしハートバンドから帰ってからは、頑張って進められたこともあり、
やはり毎年ここでエネルギーをもらってきているんだなと実感しました。


毎年違う顔、違う展開を見せるハートバンドなので、
来年はどんなハートバンドになるか、今から楽しみにしています。










ハートバンドに行く直前になりますが、
これまでの数ヶ月間を振り返っておきます。


遺族活動は、正直ほとんど進められていませんでした。

やはり長女を授かり、それまでの生活が一変し、
月日ばかりが無常に流れ去ってしまうためです。


父親としてダメダメながらも、なんとか父親になろうと
あがいて、それでも十分に果たせずにいる自分がいます。


また母の事件からどんどんだめになってしまった父も、
差しさわりがあるので細かくは書きませんが、
なんとかしなければならない事態に追い込まれています。


その遺族活動はあくまで受動的に動いてきました。


あいの会の2回の定例会。
しかし実際は仲間に任せて動けずにいたりします。

内閣府から声をかけてもらった意見聴取会も、
行きたかったのですが、結局行けませんでした。
それでも任せられる仲間がいることは幸せだと思います。


取材も受けました。
ちょうどお盆期間、長女が生まれる前々日の終戦記念日、
取材を受けた新聞記事がありましたので掲載しておきます。

(毎日新聞2014.8.15)




この時の記者さんから、別の自転車遺族がいるとのお話を聞き、
連絡してもいいとの紹介を受けたのですが、いまだ果たせず。

今年中には連絡してみたいと思います。


他にも自転車死亡事件の記事は時折目に入ってきますので
まめに連絡を試みるなど、少しずつ動いていきたいと思います。
そして分断され、孤立化している自転車遺族が集まるきっかけを
少しずつでも作っていきたいと思っています。


これからハートバンドに行ってきます。

http://www.heart-band.com/


今年はどんな出会いがあるのか。

被害者遺族にとっては聖地巡礼のようなハートバンド。


明日は参加できず、今回は泊まりもできないのですが、
それでも参加している時間の1分1秒を噛み締めて、
今年も忘れられないハートバンドにしてきたいと思っています。

あいの会ブログ担当でありながら、
日々の日常に忙殺され、ずっと更新できずにいました。

ですので数ヶ月ぶりの振り返りも多くなってしまいますが、
7月からのあいの会の流れを一気に書かせていただきました。


これ以外も取材を受けたり、自転車遺族の情報を集めるなど、
自分なりの動きもありましたが、すべては書ききれませんので、
書ける範囲で、追い追い書き連ねていきたいと思っています。


【7月からの振り返り】
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/42127556.html


【あいの会設立2周年記念式典(2014.7.20)】
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/42127566.html


【あいの会9月度定例会(2014.9.13)】
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/42127586.html


【「交通事故被害者等団体からの第10次交通安全基本計画に係る意見聴取会」への参加(2014.9.24)】
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/42127611.html


【「第2次犯罪被害者等基本計画の見直しに関する要望・意見聴取会」への参加(2014.9.30)】
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/42127623.html


【ここ数か月間のあいの会メンバーによる講演活動】
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/42127640.html


【自助グループの運営・連絡協議会の研修会(2014.11.10~11)】
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/42142942.html


【あいの会11月度定例会(2014.11.16)】
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/42127651.html


これでようやく肩の荷が下りて、気持ち良く、

今日待ちに待っていたハートバンドに参加することができます。

もう終わってしまった連休初日の7月19日(土)は、
私が入っていて、一昨年に20年間の歴史に終止符を打ってしまった
全国交通事故遺族の会のなかの、トライアルの会のお別れ会でした。

トライアルの会は、お互いの裁判を傍聴支援を行う部会です。

私は、全力を尽くすべき刑事裁判の時は、まだ縁が熟さず、
全国交通事故遺族の会に入ることができずにいましたが、
結局会に入会することができた後に始まった民事裁判の時は、
会から毎回誰かしらが欠かさず、傍聴支援に来てくれていました。

被害者遺族になるということは、孤独になるということです。

周囲も接し方がわからず、遠巻きに眺めるだけだったりします。
無理にかけられる言葉も、悪意がなくても無神経だったりします。

そんななかで、交通犯罪被害者遺族という同じ経験をした人たちが、
いま闘っている最中の裁判の傍聴にかけつけてくれるということは、
ただ傍にいてもらうだけでも、どれだけ励まされるかわかりません。

交通犯罪の特に民事訴訟は、単なる「事故処理」と言わんばかりに、
同時刻に複数を流れ作業的に進められることも少なくありません。

そして、同じ法廷での他の事件の取り扱いを見ていると、
加害者どころか、被害者あるいは遺族すら法廷に顔を見せず、
弁護士間だけで、なあなあで「事務処理」をしている例を目にします。

もちろん遺族と言ってもいろいろですし、誰がどんな動き方をしても、
その人の価値観の話になりますので、責めるべき話ではありません。
しかし突然家族を殺されたという現実の意味を噛み締めたら、
少なくとも私には、想像もつかない、ありえない行動パターンでした。

刑事裁判も、その後の民事裁判も(骨折した時の1回を除き・・・)
加害者が、完全弁護士まかせで、変わらぬ日常を送っているなか、
会社に有休の相談をしつつ、毎回法廷に通い続けました。
そんななかで、後ろの傍聴席から、応援してくれる人の存在は、
精神的な支えになり、「一人じゃない」という気持ちになれました。

そんな傍聴支援を続けてきたトライアルの会の人たちの間でも、
遺族の会解散から1年半が経って、一区切りつけようとの想いからか、
最後にお別れの食事会が催されることになったのが、この日でした。
私は最後の最後に入会して、助けてもらうだけで終わった身ですが、
やはりこの最後の集まりには出たいと思って、参加してきました。

トライアルの会では、遺族の会の解散後も、
私の民事裁判が終わるまで、ずっと会報を出し続けてくれました。

だから感謝や恩義の気持ちは、とても強く抱いています。

その気持ちは今も変わりませんし、これからも変わらないでしょう。

この連休は、初日がこのトライアルの会のお別れ会、
そして翌中日が、あいの会二周年記念行事と慌ただしく過ぎました。
このあいの会二周年記念行事のことも、追ってブログで報告します。
全国交通事故遺族の会、トライアルの会で受けた恩を返すのが、
あいの会の活動を通じての他の人への支援だと思っています。




この週末土曜日(7月5日)は、全国交通事故遺族の会の
ワーキンググループによる半年に1回の同窓会でした。

遺族の会のワーキンググループとは・・・
過去にも書きましたので、過去記事をご参照ください。
http://ameblo.jp/azumin827/entry-11576868694.html

遺族の会解散後、今回も無事同窓会を開くことができて、
遺族活動の先輩方の変わらず元気なお顔を見ることができ、
これまでの縁が、ずっと途切れずに繋がり続けていること、
そのありがたみを、あらためて実感することができました。

この日は恵比寿ガーデンプレイスのビアステーションでした。

同窓会後は有志の勉強会をするので、ノンアルコールで行こう、
ビアステーションはあくまでドイツ料理屋として利用しよう、
という当初の話でしたが、結局蓋を開けてみれば、私を含め、
ビールを飲みながら、赤ら顔で話を弾ませることになり、
ざっくばらんで陽気な雰囲気はいつも通りだと安心しました。

遺族の会分科会の同窓会と言っても、交通犯罪のことばかりを
しかめっ面で議論し続けるわけではありません。

やはりそういう経験を通して集まった人たちなのですから、
当然そういう話題も出ますし、それがメインだったりします。

しかしそれだけではなく、お互いの趣味や旅行のことなども、
世代や立場など関係なく、楽しく話し合える場だったりします。
集まったメンバーは私よりずっと年配の方がほとんどですが、
そういう意味で、半年ぶりに会えてホッとできる同窓会です。

これまでも繰り返し書いてきたことですが、
私が遺族になって最初にすがったのが全国交通事故遺族の会、
そして実際に関わったのがその中のワーキンググループでした。

遺族の集まりというと、暗い顔をして悲しい経験を語り合う、
そんなイメージばかりがどうしても強いかもしれません。
しかし全国交通事故遺族の会、そしてワーキンググループは、
それだけの人たちでは決してありませんでした。

当時どうしていいかわからず、ただひたすら孤独だった私にとり、
ワーキンググループの人たちは、陽気で、温かみがあって、
そして力強く励ましてくれて、いつも太陽のような存在でした。

遺族になって、そういう人たちと接することができたからこそ、
いまの私は、事件を忘れようとしたり、殻にこもったりもせず、
この人たちみたく太陽のような存在にはなれないかもしれないけど、
それでも何か少しは、自分にできる手助けのできる存在になろう
という気持ちを維持し続けることができているのかもしれません。

いま、私はあいの会の仲間と遺族活動を続けていますが、
そんな自分の心の奥底にずっと流れ続けている源流は、
全国交通事故遺族の会で知り合えた人たちとの縁だと感じています。

その後の勉強会は失礼して、実家の父の様子見に行きましたが、
実は父のあまりの惨状に言葉を失っている状況だったりします。
ただ暗い話題は今回は触れたくないので、また機会をあらためます。

次回12月の同窓会は、ポルトガル料理屋を候補に考えています。
1回1回の大切な同窓会、思い出に残る場所を選びたいと思います。
お店を選んで手配することも、半年に1回の楽しみになりました。

先週土曜日(6月14日)、あいの会の講演会を行いました。

その内容は、あいの会公式ブログに書きましたので、
下記URLから読んでもらえたらと思っています。

「あいの会6月度講演会の報告(京都亀岡死傷事件ご遺族の講演)2014.6.14」
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/39377524.html

ここでは個人的に感じたことを二つほど追記したいと思います。

今回講演をお願いした中江龍生さんも、小谷真樹さんも、
事件当時を振り返る時、繰り返していた同じ言葉がありました。

「悪い夢でも見ているんじゃないかと思いました」

現実感というものが決定的に欠けているような感覚。
視界も、身体に触れる皮膚感覚も、全てがかすんだような感覚。

これまでの人生で想像もしていなかったショックに突然襲われて、
脳が自らを守ろうとして何かの作用を起こしているのでしょうが、
あのなんともいえない感覚は、言葉では言い表せないと思います。

被害者遺族だからと特別扱いをされたいとは思いません。
ただあの経験をした人としていない人の間では、
決定的な線が引かれてしまうのではないかと今も恐れています。

そんなことを感じているうちに、
中江さんが講演の最後に漏らした話が自分に突き刺さりました。

友人たちが少しずつ離れていった。
楽しくできない自分がいたためかもしれない。
でも友人たちもどう接していいのかわからなかったに違いない。
こんなことが起きなければ、今まで通りに接していたはずなのに。
そう考えると、友人たちもこの事件の被害者なんだなと思った。

私も全く同じ経験をしています。

そしてこれは大きな二次被害だと思っています。

別に自分が悪いわけでもないし、友人たちが悪いわけでもない。
(「無理して明るく振る舞おうとしなかった」という点では、
  あるいは私が悪かったのだと言うべきなのかもしれません)
でも、お互いがどう接していいかわからず、戸惑っているうちに、
月日が経って「疎遠になった」という現実だけが浮き上がります。

事件によって私に否定的な感情を感じた友人などいないと思います。
私も周りに二次被害者が作られていたんだなと痛感しました。

講演会の後は終電ぎりぎりまで、懇親会で語り尽くし合いました。
遺族同士でしか話し合えないことを語り尽くす時間は貴重です。
月に1回とか2回とか、それくらいしか確保できない時間ですが、
ここでまた力をもらって、明日から頑張っていこうと思います。