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自転車に家族を殺されるということ

交通犯罪犠牲者の命が紙クズ扱いされる司法を変えていきます。フェイスブック・Twitterも発信中。
http://www.facebook.com/azumin827
https://twitter.com/azumin827
2014年1月28日に判決が出て裁判は終わりましたが、私の交通犯罪遺族活動は続いています。

いま「村上さんのところ」というサイトが期間限定で開設されています。
http://www.welluneednt.com/


もう応募は締め切っていますが、読者からの質問を受け付け、
それを村上氏が全部目を通し、できる限り返答するとの企画です。
(自分も投稿しましたが、残念ながら返答対象にはならず・・・)


このサイト上のやり取りで、交通犯罪遺族にとって、
やや複雑な気持ちにさせられる回答がありました。


原発をめぐって話題にもなった回答ですが、こんなやり取りです。


【読者からの質問】
「(前略)私自身は原発についてどう自分の中で消化してよいか未だにわかりません。親友を亡くしたり自分自身もけがをしたり他人にさせたりした車社会のほうが、身に迫る危険性でいえばよっぽどあります。(年間コンスタントに事故で5000人近くが亡くなっているわけですし)(後略)」


この読者質問に対して、村上氏はこう答えています。


「たしかに年間の交通事故死が約5000人というのは問題ですよね。それについてはなんとか方策を講じなくてはと、もちろん僕も思います(最近は年々減少しているようですが)。しかし福島の原発(核発電所)の事故によって、故郷の地を立ち退かなくてはならなかった人々の数はおおよそ15万人です。桁が違います。(中略)「年間の交通事故死者5000人に比べれば、福島の事故なんてたいしたことないじゃないか」というのは政府や電力会社の息のかかった「御用学者」あるいは「御用文化人」の愛用する常套句です。比べるべきではないものを比べる数字のトリックであり、論理のすり替えです。僕は何度もそれを耳にしてきましたが、耳にするたびにいささか心がさびしくなります」


【原発NO!に疑問を持っています】

http://www.welluneednt.com/entry/2015/04/09/073000


原発がどうこう言う話は、今の日本ではタブーになっています。
原発云々が、ここでこの話題を持ち出した理由ではありませんし、
下手に触れて、官庁からの支援に悪影響を及ぼすなどして、
あいの会に迷惑をかけたら嫌なので黙っています(笑)
(この引用自体が悪影響を及ぼす危険もありますが・・・)


交通遺族の古くからのメーリングリストもあり、私も入っていますが、
そこでもこの回答に対して、複雑な思いを吐露された方もいました。


私も読んで少しだけ複雑な気持ちになりました。


「毎年数千人奪われる交通犠牲者の命を特別視すべきではない」


間違いなく、これを書いた村上氏にそんな意図はないでしょうが、
人によってはそんなニュアンスが感じられないでもないからです。


村上氏がこれまで書いたり話してきたりした内容を振り返れば、
村上春樹という作家が、他人の痛みに対してとても敏感で、
他者への想像力にとても注意深い人であることは明らかです。


例えば、2009年に行ったエルサレム賞受賞スピーチでもそうです。

http://kakiokosi.com/share/culture/89
http://d.hatena.ne.jp/nakanotaku/20120917/1347819555


また今はあまり知られていないかもしれない昔のエッセイですが、
週刊朝日での「村上朝日堂」という連載の最終回(1996年)で、
部落差別の加害者になった過去を告白している美しい文章からも、
他人の痛みへの想像力を決して失わない人なのだとわかります。



ただ、そんな村上氏の書く文章でも、交通犯罪遺族が読むと、
複雑な気持ちにさせるかもしれない内容になることがある。


村上氏自身が交通犯罪遺族だったり、遺族が身近にいれば、
わずかでも違った文章になっていたのではないかと思いました。


先日、あるやり取りで、ある人たちと接することがあったのですが、
(今は書けない内容です。モゴモゴした書き方ですいません)
遺族を傷つけた人が「自分は遺族ではないので(わからなかった)」
と弁解に終始する姿を目にすることがありました。


「遺族でなくても、遺族だったらどう思うか想像くらいできるだろ」
と思いましたし、その相手は論外な人なので極端な例ですが、
村上氏ほどの思慮深さをもってしても危うくなる場合もある。


実際に私はほとんど被害には遭わずにきていますが、
(それでも数回は嫌な思いをしてきています)
周囲の、悪意はないけど無神経な言葉に傷つく遺族は結構います。


先に画像を貼った「村上朝日堂」最終回のエッセイであった、
「ショッキングだったのは、この世界では人は誰でも、無自覚のうちに誰かに対する無意識の加害者になりうるのだという、残酷で冷厳な事実だった。僕は今でも一人の作家として、そのことを深く深く怯えている」
という気持ちは、全ての人に持ってほしいものだと思います。


これは交通犯罪に限らず、犯罪以前の話においても、全てにおいて。


ちなみに「村上さんのところ」は5月13日で閉鎖されてしまいます。
面白く読んでいますし、今回も村上氏への批判の気持ちは皆無です。
「なるほど」と考えさせられる回答や新しい発見も多かったりします。
親しい人にはお勧めしたいサイトであることに変わりはありません。


また投稿にあたっては、もっとユーモアのある文章にすべきだったし、
遠慮せず何通も何通も何通も送るべきだったと後悔しています。

常識とかけ離れる裁判官の判決について、思うことがあります。


交通犯罪に引きつけて書いてみます。


例えば、加害者が見え透いた演技で、謝罪劇を演じさえすれば、
「見え透いているけど反省しているということで執行猶予でOK」


それまで無免許でさんざん車を乗り回していて、
暴走に暴走を重ねたあげくに人を跳ね飛ばしたら、
「無免許運転を繰り返して運転技能はあるから危険運転ではない」
と日本の免許制度を根底からひっくり返す判決を出してしまう。


ほんの一例ですが、これだけでも普通の人が普通に聞いたら、
「はあ?頭は大丈夫ですか?」
としか言いようのないロジックが裁判官の間では流布しています。
(もちろん、そうでないまともな裁判官もいるのは当然です)


弁護士はこんなものとわかっていて冷静に対応できますが、
遺族は、そのあまりの常識からの離脱ぶりに直面して愕然とします。


なぜこんなシュールレアリスティックな判決文が書かれるのだろう。
判決文は幻想文学やSFであってはならないはずなのに・・・。


これはよく法律論の枠組みで議論がされることがありますが、
そうではなく、裁判官のメンタリティに関わる問題ではないか。


法律ではなく、精神分析の領域なのではないかと思うのです。


司法試験は、やはり今も国内で最難関の国家試験ですし、
裁判官への任官はそんな司法試験の合格者のなかでも、
成績上位者でないとなれないと聞いたことがあります。


普通の人からしたら、狂気や錯乱としか思われない内容を、
裁判官が判決文に平気で書くという現象を見つめていると、
それは単なるスノビズムの発露ではないかと思いました。


例えば、もう昔話の域になってしまうかもしれませんが、
かつてコギャル語と呼ばれる現象がありました。


そこまでいかなくても、特に総じて10代の頃というのは、
仲間内のスラングを作り、他人に理解できない会話をすることで、
「自分たちは特別だ」と誇示したがる傾向があると思います。


彼らにとっては、周りが眉をひそめることこそ快感なのです。


周りや他人の理解できないスラングを連発することで、
狭い仲間意識を強め、自分のグループだけが偉いと思い込み、
スラングや行動を理解しない人を見下して、優越感に浸ろうとする。


多くの裁判官も、単に同じ精神構造なだけなのではないか。


突き詰めると、サイコ判決の真相は、それだけという気がします。


「我々は日本最難関の試験を上位成績でパスした選民なんだ」


いろいろな理屈や建前や「法律論」を並び立てられたところで、
そんな多くの裁判官のメンタリティの奥を覗きこんでみると、
小さいサークルにこもろうとするスノビズムしかないように思う。


結局は、そこに伴う浅薄な快感を求めているだけでしかない。


世論が顔をしかめて白眼視し、怨嗟の声が上がるほど、
そんな判決文を出した裁判官はきっと快感しか感じていない。


もちろん意識的にはっきり自覚している裁判官はいないでしょう。
しかし心の底には、そんな浅ましいスノビズムが眠っていないか。


だから裁判員裁判で出された民意を反映した判決を認めることは、
「選民」である自分の「格」を落としてしまうような錯覚に陥って、
無意識にでも、国民に背を向けようとしてしまうのではないか。


そうなるとこれという解決策を求めるのは難しいかもしれません。


50年後、100年後に変わっていればいいほうかもしれません。


ただ、もしこのブログを読んでくれている裁判官がいたとしたら、
我が身の深層意識の奥底を、勇気をもって覗き込んで、
醜いスノビズムの害虫がいたら駆除してほしいと伝えたい。


そのままでは選民ではなく賤民になってしまう自覚をしてほしい。


スノビズムの害虫は、その存在を直視できれば消えるはずです。
なぜならそれは、それだけ醜く、臭く、汚らしい害虫なのだから。
そんな害虫を飼い続けることは、おぞましいことでしかないから。


ただここを読みにきてくれるのは、きっとまともな裁判官でしょうが、
(裁判官の読者の方が結構いらっしゃるらしいと聞いています)

スノビズムに取り憑かれた裁判官は一瞥のみだと思います。
私が本当に声を伝えたい人にこのメッセージが届いているか。


遺族はこうして言葉を紡ぎ続けるしかないのかもしれません。

総会という言葉のイメージほど、大それた規模ではないのですが、
年度始めでもあり、4月25日、あいの会でも総会を開催しました。




一応あいの会ブログでも書いたので、URLを貼っておきます。
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/44453591.html


あいの会運営のための取り決めをいろいろ行って、
そして報道に関する研修を行い、その後はお決まりの懇親会でした。



やはり月1回は、同じ思いを共有できる人と顔を合わせること。


「どうせ気持ちは通じているから」という怠惰に陥ることなく、
顔を見て、息遣いを感じる距離感で、話し合う時間を作ること。


こうした遺族活動を続けていると、その大切さを痛感します。


自画自賛になってしまいますが、あいの会をこうして振り返ると、
つくづく良いメンバーに恵まれた集まりだと思っています。

先日日曜日に開催の、裁判員裁判上の問題が議論された
犯罪被害者弁護士フォーラムのシンポジウムについて、
その内容を2回に分けて、あいの会ブログで報告しました。


【犯罪被害者弁護フォーラムシンポジウムの報告(前編)】
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/44387323.html


【犯罪被害者弁護フォーラムシンポジウムの報告(後編)】
http://blog.livedoor.jp/i_nokai0708/archives/44403620.html


先日のここアメブロでも私的な感想を書きましたが、
本当に個人的に自分の中に突き刺さったところについてのみ、
いろいろ思い至った心情と重ねて、つづってみたにすぎません。


ですので、全体の議論も書いておきたいと思いましたので、
あいの会ブログのURLを貼って、共有の格好で残しておきます。


細かい内容はここでは繰り返しませんが、あえて補足を書けば、
怒りを覚えるのは、法曹界内の「守旧勢力」というべき存在です。


国民の要請を受けての裁判員制度実現だったはずなのに、
その運用を妨げようとたくらむ者が、裁判官の世界の中核にいる。


加害者や犯罪者を何よりも大切にしたい一部弁護士勢力もいる。


だから、残虐な事件だという決定的証拠となるにも関わらず、
むごたらしい遺体写真を証拠にさせまいとする動きが出てくる。


国民の感覚とずれた反省があるから裁判員制度が導入されたのに、
その魂を殺し、有名無実化しようとする裁判官や最高裁幹部がいる。


良い社会より悪い社会、温かい社会より冷たい社会を望む者がいる。


被害者の命や尊厳を守る動きの末席に連なっている一人としては、
伏兵はいたるところに潜んでいるのだなということを痛感しました。

4月19日(日)、犯罪被害者弁護フォーラムのシンポジウムがあり、
あいの会の他のメンバーともども、参加をしてきました。




翌月曜日の新聞各紙でも記事になっていたようですので、
ここにいる人の中には新聞で読んだ人もいるかと思います。


場所は日比谷公園の中にある日比谷図書文化館の大ホール。
かつての都立日比谷図書館だったところです。




地味に学術雑誌のバックナンバーが充実していたこともあって、
学生時代から時々訪れていた場所でしたが、今回十何年ぶりに訪れ、
博物館常設展もあり、絵画の展覧会も開催されるスペースがあり、
以前知る年季の入った図書館が、きれいに生まれ変わっていました。


事情があって、30分遅れでの参加となり、
しかも会場はほぼ満席で、入った瞬間、立ち見も覚悟しましたが、
なんとか最前列隅っこに空いている席を見つけることができました。


冒頭での上川法務大臣の挨拶は聞けませんでしたが、
ご遺族のお話を聞くところから参加することができました。


今回シンポジウムでは、裁判員裁判で起きている問題を取り上げ、
この1年半で、遺体写真を証拠採用しない例が増えてきていること、
また最近、裁判員裁判で出された死刑判決を、高裁判事が破棄し、
無期懲役を言い渡す控訴審判決が立て続けに出されていること、
この2点が議論のテーマになりました。


別途、あいの会ブログで、詳細は書き尽くす予定ですので、
ここの個人アメブロでは、あくまで個人的に感じ入った論点だけを、
ピックアップするにとどめたいと思います。


私が感じ入ったやり取りは、本当にたくさんあったのですが、
先例主義と裁判官の責任については、特に感じ入りました。


まず先例主義について。


せっかく裁判員裁判になって、国民の感覚に近い判決が出されても、
控訴審で職業裁判官が「過去の判例からずれる」とあっさり破棄する。


結局、旧態依然のままで、国民の感覚からすれば、
「なんでこんな判断になるわけ?馬鹿なの?頭おかしいの?」
としか考えられない「サイコ」判決が確定版となってしまう。


「こんな裁判員裁判なら初めからいらない」
いくつかそんな声が上がっていましたが、私も同感だと思いました。


良心的な裁判官、常識の通じる裁判官、バランス感覚のある裁判官、
他人の痛みへの想像力を失わない裁判官も、確かにいると思います。


しかし裁判官という総体で考えた場合、
あまりに国民の常識から遊離した判決が多すぎるのは事実です。


交通犯罪に引きつけて書けば、その遊離はもっとひどい。


先例が執行猶予だから、悪質でも執行猶予(つまり実質無罪)。
場合によっては略式起訴の罰金刑。
あるいは死人に口なしを活用すれば、不起訴だって夢ではない。


そんなサイコな先例を乗り越えるために、
交通犯罪遺族がどれだけの苦しい闘いをしてきたか。


一人でも多くの裁判官に、もっとわかってほしいと思います。


また会場から出たオウム平田裁判のエピソードについて。


被告弁護人が「判例より罪が重すぎる」と抗弁したけれども、
裁判官は「裁判員裁判では重くなるのは当然」と一蹴したとの話。


そういうまともな言葉を話せる裁判官もいるのは救いです。


また最高裁は、下に変な指示を出さないでほしい。
最高裁がサイコな指示を、高裁や地裁に出してしまえば、
サイコな判例は、これからもこの国に蔓延し続けてしまいます。


次に裁判官の責任問題について。


医者が医療過誤を犯した場合は、その医師の責任が問われる。
しかし誤った判断を出した職業裁判官が、その後も高給を受け、
勲章や年金をもらって悠々と過ごすことは許せない。


そういう声も上がって、会場から大きな拍手が上がりました。


また死刑廃止論者で有名で、例の光市母子殺人事件で、
「ドラえもん」「魔界転生」とファンタジー色全開の主張をして、
死刑判決を確定させ、死刑廃止世論を絶滅してくれた安田弁護士。


その安田弁護士には娘さんが2人いるそうです。


そんなに犯罪者が大事なら、ぜひ出所後の強姦殺人犯を寄宿させて、
同じ屋根の下で、大事な娘さんと一緒に生活させてほしい。


そんな笑い話も出て、拍手喝采を受けていました。


確かに安田弁護士の本気度を試すよいテストになると思います。
(おそらくブザマにうろたえ、必死に拒絶するのでしょうけれど)


これも交通犯罪に引きつけて言えば、
「反省してます!これからも謝罪していきます!うえーん!」
とあからさまな演技だけで、加害者の執行猶予獲得は楽勝です。


そういう意味で、法廷は、いわばプロレスの世界です。


しかし反省して、謝罪に通ってくる加害者などほとんどいません。


他の職業であれば、判断ミスをすれば、
何らかのペナルティを覚悟しなければなりません。


お給料をもらっている以上、プロなのですから。


しかし少なくとも職業裁判官だけは、治外法権のようです。


おかしなことです。


当然の責任は当然に負って仕事をしてもらいたいと思います。


この日は濃い議論がされ、多くを学ぶことのできた1日でした。


また他の遺族や支援者の方とも顔を合わせることができ、
さながら同窓会の雰囲気もあり、力ももらって帰ってきました。



被害者遺族活動をしていて、少なくない出会いがありました。


私も遺族活動をしようと夢と希望に溢れて始めたわけでは当然なく、
突然そういう立場に突き落とされ、必死にもがいているうちに、
途中でやめずに、活動を続けて、今に至っているに過ぎません。


見ていると、沈黙せず、声を上げることを選んだ遺族の方が、
ずっと活動を続けるかどうかは、はっきり分かれるようです。


その分岐点となるのが、民事訴訟の終了だと感じます。


刑事公判を闘い(それ以前で潰されてしまう遺族も多いのですが)、
大抵は失望に終わるその刑事公判が終わると、民事訴訟と続き、
ずっと遺族、遺族、遺族・・・で何年間も過ごしてきてしまうと、
民事訴訟終了とともに、フッと気が抜ける感覚に陥る時があります。


その時、残された家族の平穏な生活を取り戻そうという人と、
そうした平穏な生活に収まることのできない人に分かれるようです。


どちらが偉いとか、どちらが良い悪い、という話ではありません。


無論、自分されよければいいという遺族の存在も否定できません。


当然、家族のために沈黙するという選択にも事情はあります。


ただ、その後も遺族活動をずっと続ける人に共通していることは、
やはり一定の強さと優しさを備えている人ばかりと思っています。


あくまで私個人の印象論に過ぎません。
しかし、少なくとも私は、例外の人には会ったことがありません。


結局のところ、遺族活動なんかをしても、1円にもなりませんし、
活動する遺族として有名になったところで何のいいこともない。


むしろつまらない二次被害を受ける場合だってあります。


私だって、取材を受けて、マスコミに何度も出ることで、
結果、職場などでも遠巻きな変な視線を感じることもあります。


笑い飛ばしますが、ブログに罵声メールが届くこともあります。


他からは、もっと露骨でえげつない二次被害の話も聞いています。


ただ最初は、つらくて、苦しくて、悲しくて、悔しい気持ちを
自分ではどうしようもできず、誰かにすがろうと必死だったのが、
いつの間にか、自分より、他の苦しんでいる人をなんとかしたい、
そんな方向に思いを昇華した人が遺族活動を続けている気がします。


だから、どこかでこんな表現で書いたような気がしますが、
私の知る遺族活動の先輩方は、みな太陽のような人ばかりです。
強くて、明るくて、優しくて、そして太陽のようにあたたかい。


私も今後、どこまで遺族活動を続けていられるかわかりません。
家族や環境の状況次第で、続けられなくなる可能性もゼロではない。


マスコミも瞬間風速的に時々取り上げて終わりになりがちな中、
自転車遺族の立場は、あからさまに打ち捨てられ続けている。


人間の尊厳を踏みにじる、そんな話しか耳に入ってこない。


その惨状を改善する土台作りだけでもしないと、きっと後悔する。


遺族活動なんて、突き詰めれば個人の思いの叫びでしかありません。


私には、先輩遺族のような強さも懐の深さも全くないのですが、
それでもそんな卑小な者でも、まだまだ叫びたいことがあるので、
当面は、今のまま土台作りを黙々と続けたいと思っています。

事件から気がつけば数年間、遺族活動を続けてきました。


同じ境遇の自転車遺族の方との接点も自分なりに求めてきました。
しかし、自転車の遺族と接する機会はほんとうにわずかでした。


間接的接触を含めても、5人にも満たないのが現実です。


「自転車だから大したことない」という扱いをされがちなのは、
自転車の遺族が孤立し、分断され、沈黙することも大きいと考え、
自転車遺族のつながりを築きたいと繰り返し書いてきていますが、
いまだスタートラインにどう立つかで、もがいているのが実態です。


そんななか知ることのできた数少ない自転車遺族に共通することは、
あくまで私が偶然接点を持つことのできたほんの一部の範囲ですが、
「すべきことはし尽した」と言える人は一人もいないということです。


その方々のプライバシーもあるので大雑把に書けば・・・


警察が、捕まえようと思えば簡単な轢き逃げ犯を捕まえず、
「この人(加害者)にも人生がある」と意味不明な理由を並べ立てて、
(おそらく「仕事を増やしたくない」「早く帰りたい」というだけの理由)
加害者を野放しにされたまま、悔しさを抱えて過ごしている遺族。


「まあ、よくある不幸な事故ですよ」と遺族が警察からたしなめられ、
味方のはずの弁護士から「自転車では裁判しても賠償の保証はない」
と泣き寝入りを強いられ、二次被害、三次被害に苦しめられる遺族。


加害者が少年で、結局どういう処分なのかも知らされないまま、
「少年法もあるし、うちの子供の将来を台無しにしないでください」
と、加害者親からケラケラ言われ、謝罪も補償も皆無のままの遺族。


加害者にまで侮られてしまうのは、心の弱さもあるかもしれません。


しかしそうなってしまう背景には、やはり孤独なままに捨て置かれ、
情報から遮断され、戦い方どころか、戦えることも知らないまま、
雑に、適当に、冒瀆的に扱われてしまう環境が響いています。


そんな環境が、遺族の心を弱くし、どんどん暗闇に沈めていく。


そもそもの入口で、邪見にされている自転車遺族が多すぎる。


いえ、多すぎると言えるほどの例を知っているわけではない。


ただ、こんな耳にするだけで悔しい話しか聞けない現実を考えると、
他の自転車遺族がどんな扱いをされているか、想像はつきます。


凶器が銃でも刃物でも、殺人であれば同じ殺人のはずです。
同じく凶器が車でも自転車でも、交通犯罪は交通犯罪のはず。


まずは警察での、この入口での扱いをまともにしてもらいたい。
そうでないと、自転車遺族の救済など、いつまでも絵空事です。

桜がすっかり散ってしまっていた一昨日、4月6日は、
一緒にあいの会を立ち上げた仲間の奥様の命日でした。


5年前の一昨日、その方の奥様のかけがえのない命は、
強引に右折してきたタンクローリーに奪われました。


マイホームを建てたばかりで、次男も生まれたばかり、
これから一家4人で築いていこうと願った普通の幸せは、
無法な加害者によって、粉々に破壊されてしまいました。


執行猶予付き判決で、加害者は罪を償うことも反省もなく、
その人だけが、残された幼い2人の息子さんを抱えて、
変わることのない苦しい思いのまま、日々を生きています。


彼にとって、今のこの季節の、桜の咲き乱れる景色は、
その美しさが際立つほど、きっとつらいだろうと思います。


今年の桜は、短い期間でしたが、美しく咲き乱れました。
桜の景色は、時の移り変わりを実感させます。




「ああ、あの時から何年たったんだな・・・」
という思い出や出来事を抱く人もいるのかなと思います。


「死ぬ時は満開の桜の下で死にたい」
と歌った西行に共感する人も少なくないのではと思います。


私は今、数キロ続く川沿いの桜並木近くに住んでいます。




そして今は父のケアに通うだけになってしまった実家も、
知る人ぞ知る都内の桜の名所の一つである桜並木沿いです。


だから私にとって桜は、わざわざ花見に出かけるものではなく、
日常のなかで、時の移ろいを感じる風景であり続けました。


だから再び住むことはなく、最終的に処分する実家を思うと、
幼少期からの思い出を手放す痛みを感じずにはいきません。
そんなことも強く思わせるのが、今の桜の景色でもあります。


遺族になると、事件を思い出させる季節折々の景色が、
時に、とても残酷なものになってしまいます。


それが美しかったり賑やかなものであれば、なおさらです。


この時期遺族になった人は、桜の美しさがつらいのではないか。


冬に遺族になった人は、クリスマスや年末年始の情緒が、
夏に遺族になった人は、肌を刺す暑さや沁み渡る蝉の声が、
痛みのスイッチを押すものになっていないかと感じています。


事件は、その事件で直接損なわれた命や被害だけでなく、
遺された被害者や遺族から多くのものを奪い取っていきます。


「桜が満開で綺麗だね」


そんな普通の気持ちを永遠に奪われる。
遺族になるということは、そんな普通の情緒までも奪われる。
もう二度とそれ以前には戻ることのできない遺族がいる。


これまでも何度か書いてきたことですが、
そうした理解や配慮は、もっと浸透すべきだと考えています。

※ご遺族の意向で、事件は一切伏せて編集しました。


前回、書ききれなかった続きを書きます。


短い求刑しかしなかった検事に対して、
ご遺族は、閉廷後、当然ですが強く抗議しました。


しかし検事は、このように繰り返すばかりでした。


「一度求刑した内容は後から変えられない」
「検察庁で判断したことで、私個人の判断ではない」


ただ、その検事の態度は、とても丁寧なものでした。

検事はあくまで検察庁という組織の中の人です。


「この検事をこれ以上責めても、何もできないし、
 決してこの検事が悪いわけではない・・・」


そのご遺族はそう感じて、最終的にこう伝えました。


「あなたではどうにもできないことはわかりました。
 では、今、この建物(検察庁舎)の中にいる
 一番上の人に、直接、話をさせてください。
 今いないのであれば、その方がここに戻るまで、
 私は何時間でも、深夜まででも、ずっと待ちます」


最終的にご遺族は、こういう回答を受け取りました。


「一度出した求刑を変更することはできませんでした。
 判決内容はあくまで裁判官が決めることなので、
 実刑は約束はできませんが、実刑ではなかった場合、
 検察として必ず控訴することをあなたに約束します」


結果、定番の何割か掛けながら、実刑判決となりました。


ここで遺族になった方に伝えたいことは2つです。


①検事は、組織の中に生きるサラリーマンであること。
②検事と裁判官は、法廷外でも直接やり取りがあること。


だから判決は、ただ口を開けて待っているものではなく、
積極的に働きかけていくことのできるものなのです。


まず検事がサラリーマンであることについて言えば、
遺族の意思がないがしろにされている状況に陥った場合、
取るべき方法は普通のクレームと同じと考えるべきです。


「あなたでは話にならないから上を出してください」
と、検事に対して言ってはいけない決まりはありません。


「この人の意思を尊重しないと人事査定に響いてしまう」
「このままでは組織として払うコストが逆に高くつく」


そう思わせていいし、そう思わせて必死にさせるべきです。


モンスター遺族と言われても、全く構わないと思います。
騒ぐ外野がいれば、勝手に騒がせておけばいい。


こちらは奪われた家族の命の尊厳がかかっているのです。

見栄も、体裁も、外聞も、あったものではない。
奪われた家族の命は、そんなものより軽いのかと問いたい。


また検事と裁判官のやり取りは、法廷内にとどまり、
雑音を入れないために、法廷外でのやり取りは一切ない。
そう誤解している人も多いと思いますが、実際は違います。


遺族としては、決して無視してはいけないパイプです。


逆に言えば、ここまで徹底して闘わなければ、
交通犯罪で奪われた命の尊厳は軽視されるのが現実です。


遺族になってしまった残酷な事実は元に戻せません。
しかし遺族になってしまった以上、
こうした闘い方ができることは知るべきだと思いました。

※ご遺族の意向で、事件は一切伏せて編集しました。


ある刑事公判で実刑判決が出た事件について、

後に続いてしまう遺族に知ってほしいノウハウがあります。


この事件では、検察は短い刑期の求刑をしました。


検事から裁判官へのメッセージは、極めて明確で、
「大した事件じゃないし、執行猶予を付けていいですよ」
と伝えたことを意味します。

(巷間では3年のボーダーというものが言われています)


しかし、短い刑期での求刑は珍しいことではありません。


そしてそんな軽い求刑に対して、ほとんどの場合、
検事からのメッセージの通りに、判決文が作成されて、
執行猶予付きの判決が出されてしまう結果になります。


これまでも繰り返し書いてきたことですが、
執行猶予付き判決というのは、実質的な無罪判決です。


執行猶予が付いてしまった以上、言い渡される刑期が、
禁固100年だろうと、禁固1日だろうと同じことです。


数年間の執行猶予期間中に犯罪さえ犯さなければ、
刑務所には入らずに済むわけで、一部の特別な人以外、
数年ごとに犯罪を犯す人などいないわけですから。


そして多くの交通犯罪遺族は、家族を奪われて涙を流し、
司法での軽い扱いに接し、再び涙を流すことになります。


多くの交通犯罪遺族は、そんな軽い求刑を聞いても、
ただ黙って耐えて、そのまま受け入れてしまうか、
担当検事に、その場で感情的に食ってかかるだけで、
結局適当にあしらわれて、終わりになってしまいます。


しかし、このご遺族は違いました。

検察の茶番を叩き潰し、実刑判決を勝ち取りました。


これから遺族になってしまう人に知ってほしいと思い、
その闘い方を細かく書きたかったのですが、
ここまででかなり長くなったので、記事をあらためます。


つづく