第1部③ 日常の崩壊

チャイムが鳴る。

「今日はこれで終わりだ。気をつけて帰れよー」

担任の声が教室に流れる。

一日の終わり。

みんな一斉に立ち上がる。

椅子の音、笑い声、机を叩く音。

俺は少しだけ遅れて鞄を持った。

腕の絆創膏が、少し引っ張られる。

……まあ、このくらいなら平気だ。

「おーい悠馬」

背中から声が飛んできた。

振り向くと、久我が机に座ったまま手を振っている。

嫌な予感しかしない。

「何?」

「明日はもっと楽しませろよ」

ニヤニヤしている。

「おもしれぇんだよ人を痛めつけんの」

「断る」

俺はそれだけ言って、教室を出た。

後ろから笑い声が聞こえる。

階段を降りる。

廊下を歩く。

校舎を出ると、夕方の空気が少し冷たかった。

帰り道は朝より静かだ。

俺は鞄を肩にかけ直して、ゆっくり歩き出す。

別に急ぐ理由もない。

早く帰ったところで、家にいるのは――

……姉だ。

足取りが少し重くなる。

妹はどうだろう。

今日は先に帰ってるかもしれない。

それなら少し気が楽だ。

しばらく歩く。

住宅街に入ると、見慣れた景色になる。

電柱。

小さな公園。

曲がり角。

俺はポケットに手を入れながら歩いた。

腕の傷が少し痛む。

絆創膏を軽く触る。

妹がくれたやつ。

……美咲、よく分かってるよな。

苦笑しながら歩く。

そして。

家が見えてきた。

いつもの家。

玄関の前に立つ。

少しだけ、深呼吸。

ドアを開けた。

「……ただいま」

返事はない。

家の中は静かだった。

靴を脱ぐ。

廊下を歩く。

リビングを覗く。

……誰もいない。

姉の靴はある。

つまり、いる。

俺は鞄を持ったまま、自分の部屋へ向かった。

部屋のドアを開ける。

ベッド。

机。

見慣れた部屋。

鞄を床に置く。

その時。

廊下から、ドンッという音が聞こえた。

何かが落ちたような音。

そして。

「はぁ!?」

姉の声。怒鳴り声。

……機嫌、悪そうだな。

俺は少しだけ天井を見た。

今日は、何が理由だろう。

そんなことを考えていると。

コンコン。

ドアが軽く叩かれた。

「悠馬」

妹の声だった。

俺はドアを開ける。

妹が立っている。

いつもと同じ顔。

でも。

どこか少しだけ、様子が違う気がした。

妹は小さく笑う。

「おかえり」

それから、少しだけ廊下の奥――

姉の部屋の方を見た。

そして静かに言った。

「今日は面白い事起きそう」

俺は眉をひそめた。

「……何それ」

妹は肩をすくめる。

「さあ?なんとなく〜」

でもその目は、少しだけ楽しそうだった。

廊下の向こうで。

姉がまた何かを怒鳴っている。

家の空気が、少しだけ張り詰めていた。

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