第1部② 妹の策略

朝の空気は少し冷たい。

家を出てから数分、私はゆっすら息を吐いた。

兄と一緒に出ないのは、もうずっと前からの習慣だ。

別に仲が悪いわけじゃない。むしろ逆。

だからこそ、一緒に出ない。

……見られると面倒だから。

通学路を歩きながら、私は少しだけ空を見上げた。

さっきの兄の顔が頭に浮かぶ。

「また?」

そう聞いた時の、あの困ったみたいな笑い方。

あれは、昔から変わらない。

兄は怒らない。

怒鳴られても、殴られても、蹴られても。

……怒らない。

私は歩くスピードを少しだけ上げた。

兄の腕。火傷。あれはたぶん、痕になる。

冷えピタだけじゃ足りない。

でも病院に行くわけにもいかない。

行けば、聞かれるから。

「どうしてこうなったの?」って。

答えは簡単なのに、言えない質問。

私は小さく息を吐いた。

兄は多分、今頃学校についている。

教室に入って、席に座って。

そして、たぶん。

――絡まれてる。

あの男。名前は久我。

体が大きくて、腕力があって、目立つタイプ。

クラスの中でも空気が出来ている。

誰も止めない。別に、久我だけじゃない。

兄は「やり返さない」と分かっているから、色んな奴が少しずつやる。

机を蹴る。

物を隠す。

腕をひねる。

その程度。でも積み重なる。

私は歩きながら、手を軽く握った。

兄は、多分。

絆創膏を使ってる。さっき渡したやつ。

あれは別に偶然じゃない。

兄が学校で怪我することくらい、分かってる。

……本当は、そんな物いらない方がいい。

でも現実は違う。

校門が見えてきた。

私は少し立ち止まる。

ここから先は、兄と同じ場所。同じ学校。

でも、同じ世界じゃない。

兄は、耐える側。

私は、見る側。

そして――

動く側。

私はまた歩き出した。

姉は家にいる。

でも、それは長く続かない。

もう決めている。

あの人を、この家から出す。

兄が何もしないなら。

私がやる。

私は校門をくぐりながら、小さく呟いた。

「もう少しだけだから」

兄には聞こえない声で。

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