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(株)AZOTH 代表 相澤謙市ブログ

アゾット ダイバーシティ経営

本日アゾットの営業は休みとなった。


自分もまったくのフリーだった


迷わず日帰り温泉に向かった。



>何をしても良い時間


>ドライブ


>シュールな場所の探索

 (民俗資料館とか・・・・)


>温泉


>水風呂



たまらなく好きである。


それに、


このどうでもよい一日が、


後々まで心に残る事が多いのだ。



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山形肘折温泉。(遠かった~)


山間にある温泉地である。


温泉街から少し離れた「カルデラ温泉館」という


温泉に入った。


露天風呂から見える山々は、すっかり紅葉して


真っ赤に燃えているようであった。


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今アゾットは、


いろいろなプロジェクトを進行中である。


まさに自分達で作った山だ。


震災という与えられた逆境の山は乗り越えた。


乗り越えたら技術が身に着いた。


その時に、


絶えず山は登っていなくては駄目だと感じた。


登れるかどうか、出来るかどうかは分からない。


何時も不安である。 


後悔している経験もずいぶんある。


でも、


そんなものは背中のリックにしまいこんで


さっさと登るだけである。


それに与えられる山よりも、


自分達で作った山の方が、


まだ楽だ。



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さすがに今回のように4つ5つの山を同時に


登るのは初めてである。


(随時ここでお伝えしていきます)



やってみなければ分からない


それが答えである。



湯船から


目の前の真っ赤に紅葉する山を見ながら


そんなことを考えていた。




ついでに自分ものぼせて真っ赤になった・・・・・・







































今回は台風15号で、会社の浸水騒ぎなどもあり


仙台の滞在期間が予定より長くなってしまった



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それでも、


途中、東京で仕事をして京都に入り


早くも一週間以上が過ぎた。



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京都に来てすぐの晩に、


お世話になっている方々と懇親会があった。


震災が一段落した僕達アゾットを


今一度歓迎しようと、原さんが中心になって


お集まり頂いたのだ。


仙台と違い、こちら関西エリアでは、


震災の爪跡や余波は何も感じないが、


皆さんは今も、


東北を勇気づけようと考えて


下さっているのだ。


今回は、マモルと勇太のアゾットの


新人二人も一緒である。


京都でたくさんの工場を見せて、


職人の方たちとも直接触れ合わせ、


何かを感じてもらおうと考えてだ。



話は飛ぶが、


仕事は生活するためにする


当たり前だ。


大金が欲しいとか、高い地位を手に入れたいと考え


その意欲で仕事をする。 


これも、


すごく大事なことだと思う。 


俺もこの動機で社長になろうと思った


そしてなった。


このパワーの絶大さは身を持って経験済みだ。


綺麗事を言う気はさらさらない。



だけど、


今回の震災から会社をやり直すまでの


一連の経験から、


それ以上の力を体感した。


皆さんからの無償の力添えに対する


「感謝」の心。


励ましの心に応えようと湧き上がる意欲。



手にいれる事の出来ないもの・・・・・・。



いつ来ても京都の職人の方達は、


仕事に、物作りに、真剣である。


創意工夫に終わりは無いかの如くである。


遠い昔から続く歴史がある。



たどりつけないもの・・・・・・。



もし以前の自分勝手な想いだけや、


生活のためとかだけの考えでは、


震災後おそらく、


今回のようにはやり直すことは


できなかったであろう・・・・。


(その後の台風もである)


あきらめて、


やめていたに違いない。


金や地位の力は絶大である。


だが、


決して手に入れる事の出来ないものを


テーマに持ち、


たどりつくことのできないところを


目標にしたときの力を


その強力さと持続性を


皆さんに教えて頂いたように思う。


新人二人も大きく感じただろう。



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みなさんと。



































午前10時、まだ朝の騒乱がさめきらない市場


旧AZOTHのすぐ裏手だ。


そこの食堂街の中ほどに有る店、


「寿司吉」で久しぶりに朝飯を食べた。


震災前では当たり前の日課であった・・・・



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「いやぁ無事だったの」


「ホントに心配してたんだよ」


「会社は無くなってるしさぁ」


以前から仲の良い親方が


俺の顔を見るなり言った。


「死ぬかと思いましたよ」と俺。


震災後久しぶりに会った人と交わす


仙台ではお馴染の会話である。


大好物の日替わりランチの


「マグロのなかおち丼」は、


残念ながら今日は無かったが、


これまた大好きな「海鮮丼」があったので頼んだ。


(マグロのほほ肉ステーキも旨い!)

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(メニユーが多いのだ !)


7か月ぶりである。


なつかしい・・・・ 


そして


やはり旨い。


帰り際に、


「大変だろうけど頑張ってよ!」


と言う親方に、冗談半分で


「生きてて良かった」 「旨かった」


と言って店を出た。


帰り路に旧AZOTHの前を通った


2機のショベルカーが、AZOTHが有った


場所を跡形もなく更地にしていた。


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仙台は今どこに行ってもこういう光景を目にする


みんな前に進もうと一生懸命なのだ。


「再生」である。


AZOTHが面影もなく姿を消したのは


少しさみしい気もするが、


自分達も前へ進まねば。






つけたし


時計は0時を回った


外は大雨である。


また、、


会社が流されてなければよいが・・・・・


こうなったら、


泳いででも進んでやろうと思う!!

















































20~22日にかけて東京千駄ヶ谷で、エフプロート、GQT、


アゾットの三社での合同展が有った。



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三社とも、他社と協力してこのように比較的に


規模の小さな合同展を開くのは初めてである。


結果は、お客様からも好評で自分達も納得の出来る


内容だった。


それもそのはず、、


同じ目的目標を持つ絆の深い三社の合同展である。


自分の中では大方の結果予想は出来ていた。


小野崎達の商品クオリティがすごかった・・・・


数段飛ばしで進化しているようだ。


僕が見学に行った中日の21日は、東京は台風で


大荒れの天気となっていた。


それでも商談が切れることは無かった。


自分はその日、日帰りの行程であった・・・・・



「台風15号」



東京でも夕方遅くから猛烈な風雨となっていた。


その台風と伴っての帰路となった。


今回も車である。


しかも友達と、その彼が最近買った新車での


馴らし運転も兼ねたという御墨付きである・・・・・。


結果は、高速道路通行止めと大渋滞で、


仙台への帰路は十二時間もかかってしまった。


付いたのは次の日の朝である。


帰ってすぐだった・・・・・


仮眠を少しだけ取ってから出社しようと思っていた矢先だ


携帯が鳴った。 スタッフの女の子からだ。


「社長!会社が大変です!」


「何が?」


「すっかり水浸しです」


「はぁ?」


「地震の時より深刻なダメージかもしれないです」


会社が浸水とは・・・・・


別にシャレではないが、寝耳に水である。


そんなことは、、


昨日一晩中豪雨の中を運転していても想像すらしなかった。


まったくのノーマークである。


会社に着くと、何もかもが水に浸かってしまっていた。


電話も通じない状況だ。



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震災から会社を復興させて二カ月。


幸運にも津波にもあわずに済んだAZOTHが・・・・


なんでまた? 俺ばかり? また一から?


そんな言葉が頭をよぎる・・・・・・


だが、そんなこと言っても状況は変わらないのだ。


またやり直すしかない すぐ切りかえた。


弱音を吐いても、その時に気分が少し晴れるだけだ。


感情的になったら際限が無い。


状況を変えるには、やるしかないのだ・・・・


それに大切なお客様の仕事を預かっている。


そして、それを完結させる責任がある。


「こんなこと何回あってもぜってぇあきらめねぇぞ」


スタッフに言いながら、一日中みんなで雑巾で水を絞った。


主要のラインを応急処置で動かすことでき、先が見えた。


震災の時に比べればまだまだである。


こんなことは繰り返したくないが、慣れが怖い・・・・。


それと、、


手前みそになるが、感心したのはスタッフ達である。


僕の指示を受けるでも無く、すべて自分達で先の先まで


考えて行動していた。 素晴らしい。


仙台のこのスタッフ達とならば、今後どんな


試練が来ても (正直もうたくさんだ)


大丈夫であろうと感じた。



同じ心持の「「同士」の企業やすさまじい進化を


している東京の小野崎達。


それにこの仙台の精鋭スタッフ達の一枚岩で


当たれば、どんな試練でも乗り越えられると


強く感じた。









































連休中に原さんが京都から仙台の


新アゾットに来社してくれた。



原さん・・・・



震災の時、裸同然で京都に入った我々を


温かく迎え入れてくれ、


工場まで貸していただいた


アゾットの恩人だ。



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おかげさまで立て直す事が出来た


アゾット新工場を見てもらった。


さらに


作業着に着替えた原さんから


タカシを始めスタッフ達が、


本場京都の匠、原さんから直接指南を受けた。


京都の原染工に居る原さんの印象が


強いためか、


仙台工場の現場に居る原さんの姿が、


すごく不思議に感じた。



次の日の日曜日には


仙台コレクション のTシャツ実演


イベントにも参加して頂いた。



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今回もたくさんの人でにぎわった。


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原さんにも実演していただいた


本場の匠の実演である!!


二日間じっくりと仙台アゾットの


実情を感じていただけたと思う。


今後の我々国内工場の行く末も


京都に居る時とは、違った感じで


話せたような気がした。


それと、


こうしてお互いに行き来をして見ると


離れている距離ほどの遠さを感じない。



同じ心持ちの「同士」には、距離は関係ないのだ。



仙台を飛び出すしかなかった・・・・


大阪、和歌山、岐阜、福井、京都・・・・・・・


書ききれないほどたくさんのところを回った。


今ではその所々に同士が居る。


皆さんとの同じ会話は、


今この日本の一大事には、


自分達中小の国内企業や工場が、


一丸となって国を立て直さなければ


ならないと強く感じるということだ。


広く情報を得ることができ、


客観的に自分達を観る事も出来た。


震災のおかげで、、


7年は時計を進めたような気がする・・・・・・・



別れぎわに原さんに


「ほんまに来て良かったです」と言われた


震災後で一番うれしかった事かもしれない。