「ナスカの地上絵」-9(ソーラーゲイン=太陽増加現象)
 
1975年、火を焚き始めて4時間後、コンドル1号は大空に舞い上がったのです。
2人を乗せたコンドル1号は、ナスカ上空130メートルまで上昇。
ウッドマンは、2000年前のナスカ人が見たであろう地上絵を目の当たりにしたのです。
この巨大な地上絵を古代ナスカ人たちもきっと見ていたはずだと、ウッドマンは確信しました。
 
こうしてナスカプロジェクトは見事大成功でした。
2000年前のナスカ人たちは、このような飛行技術を持っていたことが実証されたのです。
 
「すごい。」
「これが事実だとしてもふに落ちないことがあるぞ。」
「なぜ彼らは気球で飛ぶ必要があったのでしょう。」
「私もそのことを疑問に思っていたんだよ。」
「実はほかの目的があったんです。」
 
今からおよそ2000年前、古代ナスカ人が巨大な地上絵を空から見ていた。
その可能性を実証したウッドマンのナスカプロジェクトですが、
しかし彼は、気球を飛ばすことには成功したものの、
ある危険な状況に遭遇し自らの仮説に疑問を感じたのです。
その危険な現象とは「ソーラーゲイン=太陽増加現象」です。
この現象は、気球が1500メートルに達すると強い太陽光線によって、気球内部の空気が温められ、
太陽が輝いている限り気球は上昇を続けるというものです。
つまり気球は太陽熱に温められて飛び続け、地上に戻れなくなってしまうというものです。
実はウッドマンを乗せたコンドル1号もこの危険に直面し、危うく地上に戻れなくなるところでした。
 
ではなぜそんなに危険の多い気球を、古代ナスカ人はわざわざ死を覚悟で飛ばした理由はどこにあったのか。
死を覚悟してまで気球を飛ばす真の目的とはどこにあったのでしょうか。
そしてウッドマンが新たにたどり着いた仮説とは…。
太陽増加現象によって降りられなくなってしまう気球。こんな危険の多い気球を古代ナスカ人は、
わざわざ飛ばしていたのでしょうか。

 

「ナスカの地上絵」-8(ナスカプロジェクト=コンドル1号)
 
非常に密度の高い布、そして時に描かれた気球の絵、火を燃やしたであろう円形の焦げ穴。
これががすべて一つにつながり、ウッドマンはこう確信しました。
古代ナスカ人は、巨大な布で気球を作り、火を燃やして気球を飛ばしていたに違いないと…。
だとすれば地上から見られない巨大な地上絵も、上空からその全体像がはっきり見られるはずです。
 
気球が歴史上はじめて登場したのは1783年、フランスのモンゴルフィエ兄弟が煙が空に昇るのを見て、
巨大な袋に煙を詰めれば昇れるはずだと考え、実験したのが気球の起源とされています。
それと同じことを古代ナスカ人が考えても、決しておかしないとウッドマンは考えました。
またナスカから出土した織物の中には、空飛ぶ人をデザインしたと思われるものがたくさんあります。
それは、古代ナスカ人にとって、人間が空を飛ぶという発想が、ごく一般的であったと考えられます。
 
以上の手がかりからウッドマンは、地上絵の上を飛んでいたと確信し、ある計画を立てたのです。

それは【ナスカプロジェクト】。
ウッドマンは古代ナスカ人が入手できたと思われる材料と当時可能だと思われる技術だけを用いて気球を作り、
その気球を実際に飛ばすことによって、自らの説を証明して見せようとしたのです。
その気球はナスカの地にちなみ、コンドル1号と名付けられました。
気球のパラシュート部分は、逆三角形となる正四面体。それは長い布地をらせん状に縫っていき、
円筒形を作っていきます。その上部を縫い合わせ、そして上部に対して垂直に下部をふさぎ、
片方の一角を切り落として、空気の入る穴を作れば出来上がりです。
気球のゴンドラ部分は、ペルー南部に伝わるアシを編んで使用しました。
そしてバーナーの代わりに焦げ穴で火を焚き、煙が気球に溜まるようにしました。
こうしてコンドル1号は飛行準備は完了したのです。

 

「ナスカの地上絵」-7(出土する大量の布は気球を作るため)
 
ナスカの地上絵、そのカギを握るあるものが遺跡などから発見されていたのです。
そのあるものとは布です。墓などから大量に出土した布は、死者を包むのに使われたり、
死者のかたわらにたたんで置かれたりしていました。
その関係に着目したのがアメリカの探検家ウッドマンでした。
1973年、彼は初めてナスカの地上絵を空から眺め、なぜこのようなものをと思いめぐらすうちに、
ある考えが脳裏に浮かびました。古代ナスカ人の何らかの方法で、この地上絵を空から見ていたはずだと。
2000年前、我々と同じ人間が、何か当時のものを使って、このナスカの上空を飛んでいたに違いないと…。
それ以来彼は何回となくナスカを訪れ調査を重ねるうちに、
ナスカの墓の中に大量の布があることに注目したのです。
 
「これほど大量に布が存在する遺跡も珍しい。地上絵と何か関係があるのでは…。」
ウッドマンはそう考えました。しかし、その何かが分かりませんでした。
 
その後調査を続けるウッドマンの元に、ナスカ市立博物館の女性館員が訪れ、
ある土器の破片を差し出しました。そこには、ある興味深いものが描かれていたのです。
それは気球らしき模様でした。さらに調べると気球らしきものがたくさんあることが判明します。
ウッドマンは、一つの大胆な仮説を立てました。
あの大量に発見された布は、気球を作るために使われたのではないかということでした。
 
そこでウッドマンは、アメリカの気球製造会社にこの布の分析を依頼しました。
そして驚くべき結果がなされたのです。ここに当時の分析報告書があります。
 
「この布の密度の高さは、現在の軍事用のパラシュートにも匹敵します。あるいはそれ以上です。」
 
つまり発見された布は、現在の布よりもはるかに丈夫で、密度の高い布だというのです。
しかもこの布は、大きいもので長さ30メートル、幅6メートルもありました。
そして時期を同じくして、地上絵付近から円形の焦げ穴が多数見つかったのです。