あざみの田舎日記 -92ページ目

切迫流・早産と子宮頚管無力症③

退院後も自宅安静が続き、散歩はおろか近所への買い物・階段昇降に車の乗車も禁止でほぼ入院中と同じ生活を送りました。

翌週の検診で子宮頚管が改善していましたが、その日の午後には再出血とまた子宮頚管が短くなってしまったため再入院となってしまいました。

何とか一週間で退院出来たので、帯祝い(5ヶ月の犬の日に行う安産祈願)は自宅で出来ました。

しかし、まだまだ診断は「切迫流産」で「切迫早産」に変わる妊娠22週が待ち遠しく不安も強かったですね。

それから、ひと月以上を自宅安静で過ごすことが出来ました。
妊娠22週も超えて少しホッとした頃にまた・・・

切迫流・早産と子宮頚管無力症②

初めての入院は14週(4ヶ月)の時でした。

まだまだ、赤ちゃんも小さく(数百g)お腹も小さく点滴も使えずひたすら内服(張り止めと止血剤)と子宮頚管を強くする膣錠を使いシャワーも二日おきでトイレと食事以外はベッドの上で横になっていました。

悪阻もあったのであまり食事もとれず、トータル-五キロも体重が落ちました。
妊娠生活は約三週間続き、とりあえず子宮頚管も落ち着いて退院出来ました。

子宮頚管無力症=子宮頚管を縛る手術
が一般的ですが一気に短くなってしまったのと子宮頚管が柔らかく脆い体質だったために縛る糸もかけられる状態ではなかったために手術ができず治療はひたすら安静でした。

切迫流・早産と子宮頚管無力症①

前回の流産から生理一回経ち、それから2カ月・・・次の生理が来ない。

ホルモンバランス?
忙しいから?

でも体調悪いし・・・

流産後は妊娠しやすい?
(子宮内が綺麗になりホルモンバランスも妊娠期に移りやすい為)

などなど沢山考えられましたがとりあえず、産婦人科へ

「妊娠してるよ!赤ちゃん3cmにもなっててもうすぐ4ヶ月だよ!よく、気がつかなかったねぇ」

とまさかの再妊娠生活突入。

翌日あたりから、一気に悪阻が来てしまい私の場合は「立ち眩み、目眩、吐き気、食事量低下」と言う症状で仕事にも行けずお休み。


それから、二週間後の検診で予期せぬ事が告げられました。

「子宮頚管が短いね。安静にして出来るだけ横になって過ごしてね」

子宮頚管って?

短いって?

えっ?

どういう事?


それを実感したのはそれから二週間後でした。

突然の出血と入院。
「切迫流産」の診断。

それから長い子宮頚管無力症と切迫流・早産とによる不安な妊娠生活が始まりました。