切迫流・早産と子宮頚管無力症③
退院後も自宅安静が続き、散歩はおろか近所への買い物・階段昇降に車の乗車も禁止でほぼ入院中と同じ生活を送りました。
翌週の検診で子宮頚管が改善していましたが、その日の午後には再出血とまた子宮頚管が短くなってしまったため再入院となってしまいました。
何とか一週間で退院出来たので、帯祝い(5ヶ月の犬の日に行う安産祈願)は自宅で出来ました。
しかし、まだまだ診断は「切迫流産」で「切迫早産」に変わる妊娠22週が待ち遠しく不安も強かったですね。
それから、ひと月以上を自宅安静で過ごすことが出来ました。
妊娠22週も超えて少しホッとした頃にまた・・・
翌週の検診で子宮頚管が改善していましたが、その日の午後には再出血とまた子宮頚管が短くなってしまったため再入院となってしまいました。
何とか一週間で退院出来たので、帯祝い(5ヶ月の犬の日に行う安産祈願)は自宅で出来ました。
しかし、まだまだ診断は「切迫流産」で「切迫早産」に変わる妊娠22週が待ち遠しく不安も強かったですね。
それから、ひと月以上を自宅安静で過ごすことが出来ました。
妊娠22週も超えて少しホッとした頃にまた・・・