朝から暑い日だ。散歩は無理しないでゆっ
くり歩いた。
ノウゼンカズラの花が蕾になっていた。
6月下旬から8月上旬に咲く花だ。6月も後
半だ。田舎の墓石撤去等もう少しやる事が
あるので未だ死ねない。
マメガキに椋鳥(ムクドリ)が数十羽飛んで
来て止まっていた。
♪ 泣いてとび込む 椋鳥に
我が身削って えさをやる
人生の 荒海に
ただよう者は みな仲間 ♪
朝から暑い日だ。散歩は無理しないでゆっ
くり歩いた。
ノウゼンカズラの花が蕾になっていた。
6月下旬から8月上旬に咲く花だ。6月も後
半だ。田舎の墓石撤去等もう少しやる事が
あるので未だ死ねない。
マメガキに椋鳥(ムクドリ)が数十羽飛んで
来て止まっていた。
♪ 泣いてとび込む 椋鳥に
我が身削って えさをやる
人生の 荒海に
ただよう者は みな仲間 ♪
2:10頃寝ている時に突然咳き込み息が出
来ない状態になった。ヒ~ヒ~と鳴って息
が吸い込めないのだ。
直ぐに上司殿が駆け付け介抱して呉れ、
直ぐに救急車の連絡を頼む。上司殿が電
話中にやゝ息が出来るようになったのでそ
の旨を伝えるが、既に救急車は此方に向
かったので見て貰って呉れとの事だ。
それにしても迅速な対応だ。程なく救急車
が到着した。救急車の中で血圧、体温、血
中酸素濃度等を測定する。その頃は息苦し
さはピークから7~8割程減少して楽にはな
っていた。
搬送先をがんセンターと告げるが、病床が
満室との事だったが念の為労災病院に搬
送して貰う。
血圧、体温、血中酸素濃度等を測定して、
血液検査、胸・頚部のレントゲン撮影をす
る。
結果は、特に異常はなく酸素濃度は充分
あるし、血液検査も大きな異常はない。レ
ントゲン検査も肺炎の異常もなく気管支も
確保されていた。様子を見てがんセンター
の主治医に診て貰うように言われた。
その後がんセンターの受付が始まってか
ら、がんセンターに電話をして外来診察を
受けてきた。
痰絡みで起きたようだ。これは癌が大きく
なってきている証拠なのでこれからも起き
る可能性があるとの事だ。癌君達も頑張っ
ているようだ。
嗽(うがい)をしたりチョロチョロ水を飲むし
か対処法がないようだ。
救急車で搬送されたのは初めてだ。ま~し
かし緊急時の対応は都会に住んでいると
便利だと思う。
それにしても眠い。早く寝よう。お休み~
えーこんちゃん夫婦が来て呉れたので上
司殿と4人で食事をしてきた。上司殿と爺さ
んに当れば2200万円と50万円のプレゼント
を貰った。
あれやこれやと楽しく話しながら過ごした。
えーこんちゃんの連れ合いは爺さんと同じ
でやゝ複雑な家庭環境で育った所為かハ
ートを感じる中々の好青年だ。
結婚して間もなく独立してベンチャー企業
を立ち上げ、社員を何人も雇って事業は順
調だ。彼なら起業家として成功するであろ
う。
その後4人でゆりゆりちゃんの子供のエレ
クトーン発表会に行ってきた。
なかなか器用に弾いていたが爺さんは楽
器は丸っ切り駄目なのだ。しかしギターだ
けは一寸弾ける。
小学校5年生の頃、学校の体育館で小林
旭さんの「ギターを持った渡り鳥」の映画を
観た。
(2010年10月14日 月下美人)
歌が好きだったのであんな風にギターを持
って唄えたら楽しいだろうな~と、その時ギ
ターに関心を持った。
小学校6年生の時養子元に戻った時、4男
がクラッシックギターを習っていて帰省した
時聴かせて呉れた。その時ついでに音階
の弾き方も教えて貰った。
1年後再び養子先に戻ってきていつかそん
な話しを養父にしたら、知り合いの人で使
っていないギターがあるからと貰ってきて
呉れた。
我流でポロンポロンと適当に弾いていてい
たらどんな曲でもメロディーだけは楽譜な
しで弾けるようになった。
時々メロディーを弾きながら唄っていたが
それ以上の興味もなかったのでので止め
てしまった。また勉強も忙しくなったのでギ
ターとはそれっきりとなった。
ギターを持って唄っている長渕剛さんを見
ると今はもう亡くなって居ない実兄の4男の
事を思い出す。
ゆりゆりちゃんの子供達の授業参観に上
司殿と一緒に行ってきた。
今の子供の名前は昔とガラッと違っていて
振り仮名がないと読めない字が多い。女の
子の名前も昔は〇○子と云う「子」の付く
名前が多数であったが、今は「子」の字の
付く名前は殆どない。
ま~これも一種の流行(はやり)のようなも
のだからまた変わっていくのだろう。
授業参観の思い出は余りない。養母が2回
程来て呉れた記憶があるが特段の思いは
なかった。小学校の頃は殆ど勉強をしなか
ったので見せ場がなかった所為だろう。
ただ小学校6年生に養子元に戻った時には
小学校で一度授業参観があった。その時
は次兄が来て呉れた。いつもより気合が入
っていたように思う。
(2013年04月16日 貼り付く癌細胞?)
爺さんの実の兄弟は全部で6人兄弟でそ
の5男だった。6男は早くに亡くなったそうだ。
実家に戻った時は次兄と実母との3人暮ら
しだった。
その次兄には野兎獲りの手解(てほど)き
を受けた。兎は同じ道を通る習性があるの
で、足跡を見つけてその通り道に仕掛けを
をしておくと云うものだが、何回かやってみ
たが捕える事は出来なかった。
その後森林浴に行ってきた。
ベンチに腰を下ろしていると静寂の中に漂
う野草の匂い、風に揺れる木の葉の音、鳥
の囀(さえず)り等とっても良い気持ちにな
って眠くなってくる。
以前テレビの健康番組でやっていたが森
林浴で免疫細胞が活性化するそうだ。しか
も一度の森林浴で1ヵ月の効果があるそう
だ。
月に一度の森林浴で病気になり難い身体
作りが出来るなら皆さんもどうでしょうか。
6月12~13日と雨だったので散歩が出来な
かったが、やっと今日は雨が上がった。
で散歩に行ってきた。途中お年寄りの方々
が田植えをしていた。そんな時期なんだ。
なかなかお年寄りには大変だろう。日本の
農業従事者は高齢者の方が多い。まして
都市部では尚更若い人はやらないだろう。
田圃にしている事自体が珍しい。
関東甲信地方は5月29日に梅雨入りをした。
統計開始以来3番目に早い梅雨入りだった。
だがそれ以降梅雨らいい雨は降っていなか
ったので恵みの雨となっただろう。
タチアオイの花が雑草の中から顔を出して
一杯咲いていた。
これだけ草丈が高いと倒れ易くて厳しい自
然界じゃ生き残るのは大変だろうなと思っ
たが、そうでもないようだ。
(2011年07月01日 花のモデルさん)
草丈が高ければ雑草の中でもよく陽が
当るし、花も上の方に咲くので虫の目
にも付き易い。生きている物全てに秘
められた偉大な力に感嘆する。
それにしても綺麗に咲いているな~
♪ きれいに咲きたい あなたのために
今日も明日も いつまでも ♪
夕方昨日亡くなった仲間のお通夜に行って
きた。
お通夜は仲間が通っていた作業所でやっ
た。享年65だ。平均寿命から言っても若い
死だ。ウ~ム残念だ。
近年の葬儀は宗教に囚(とら)われない自
由な形式や簡素化の風潮になってきてい
る。
爺さんが死んでも盛大な葬儀をやる積り
はない。家族葬にして出棺時の別れ花程
度にするよう遺言書に認(したた)めてある。
知人から嘗てこんな事を言われた。
人の死は2度あって1度目はその人の肉体
が死んだ時、そして2度目の死が親しい人
達からその人の記憶が消えてしまった時
で、この時がほんとの死となる。
爺さんの記憶からこの人の記憶が消えな
いように確り脳裏に刻んでおこう。どうか安
らかにお眠り下さい。
この前高校の同級生達と旅行に行った時
の写真と歌行燈(あんどん)うどんが届い
てた。
どうも有り難う。この前はとっても楽しかっ
たね。
労災病院の口腔外科に行ってきた。この
前6月4日に相談に行き、現在の頚部の状
態がどうなっているのかを知りたい旨を伝
えた。
分からないと不安でしょうからと造影CTを
撮って頂ける事になった。
造影CT撮影終了後、手術で忙しい時間に
「早く知りたいだろうから。」」と、手術が終る
と直ぐに診断をして頂いた。
平成24年5月31日に舌癌から頚部リンパ節
への転移があるとの事で、耳鼻咽喉科でリ
ンパ節郭清の手術をした。
しかしその後頚部癌の再発の可能性が高
いと医師から言われたが、そもそも超音波
検査で確認されている2cm程のしこりを徐
去してなかった疑いが極めて高いのである
から再発癌と呼べる代物ではない。
敢えて転移癌としておこう。意味のない手
術であったと考えている。
(2013年05月11日
がんセンターと労災病院の違い)
造影剤を使用したCT検査の結果は・・・・・
確かに転移癌に間違いない。3D画像から
血管の細部が見事に撮影されていた。担
当医からパソコンのCT画像を見せて頂き
ながら丁寧な説明を受けた。
噴火口の皮膚下にはくっきりと癌の組織が
確認出来て、その周りには癌細胞が作り出
した新しい血管の新生血管がびっしり出来
ていた。癌細胞はこの新生血管から栄養
分を吸収して増殖しているのだ。
(2013年05月27日 生命の雄叫び)
よく介護の世界では「本人本位」と云う言葉
を使う。これは介護に係わる人の都合や思
いではなくて、本人の本当の思いを大切に
すると云うものだ。
病院に置き換えればそれは「患者本位」と
も言える。しかし殆どの病院の医師は自分
自身の技術を磨いたり実績を上げる為の
「医者本位」になっているのが現状ではな
いだろうか。
今日仲間の一人が亡くなった。体の手足が
だるくなったので労災病院に入院した。
全身に筋肉の老化が認められ嚥下の機能
も落ちているからと気管支切開を勧められ
た。後2~3日の命だと医師から言われ手
術に踏み切った。しかし僅か1週間程で亡
くなってしまった。
皆さん、こんな事おかしいと思いませんか?
手術をして5年なり10年なり寿命が延びる
のなら兎も角、手術をして直ぐに亡くなるな
んて・・・一体何の為の手術だったんだ!
実は気管支切開後に胃瘻(いろう)をしない
とまた2~3日の命だと胃瘻の手術も勧めら
れていた。流石にこれには家族もおかしい
と思って手術を拒否された。
これ等は明らかに「患者本位」ではなく、
「医者本位」で手術を勧めているとしか考
えられない。
実験台にされた仲間が可哀想で涙が止ま
らない。
労災病院にも口腔外科の担当医のように
本当に立派な医師も居られる。
今、全ての医師に問いたい。「あなたはどう
して医者になりたかったのですか?」と。
(2013年06月04日 理想の医師)
日吉に行ってきた。日吉には平成元年迄
住んでいたので土地には詳しい。
(2012年04月05日 風景も変わった)
日吉駅はすっかり変わってしまって昔の面
影は全くない。また地下鉄が出来たり目黒
線等の乗り入れもあって便利になっている。
近くの日吉公園に行ってきた。
休日であった為か家族連れが遊びに来て
いた。
公園の中には矢上上ノ町遺跡群があって
竪穴住居跡がある。
日吉公園とその周辺地域では縄文、弥生、
古墳時代の遺跡が数多く存在していた事
は知られていた。
昭和58年にこの公園一帯の発掘調査が行
われ弥生時代後期から古墳時代前期につく
られた竪穴住居跡6軒が重なり合って発見
された。
約1800年前から1600年前の古代のムラが
営まれていた事が明らかになった。更に近
くで約1400年前の古墳時代後期につくられ
た横穴墓(おうけつぼ)が6基確認されてい
る。
また昭和11年の調査で約1500年前の矢上
古墳が発見された。この古墳は径20mの円
墳で鏡、鉄剣、竹櫛(たけぐし)、玉類、埴輪
片等も発見されている。
創立年代は不詳だが往古(おうこ)より武蔵
國橘樹(たちばな)郡矢上(やがみ)村総鎮
守として「神明社」と称したが、昭和14年「日
吉神社」と改められた。
毎年元旦の午前零時には元旦祭が行われ
樽酒がふるまわれる。初詣で何回か来た事
がある。
また近くには熊野神社もある。
爺さんの子供達はこの両神社で七五三の
お参りとお祓いをして頂いた。
たけちゃんの和太鼓の練習があったので
見学に行ってきた。
聴いていて気持ちが良い。
太鼓の歴史は非常に古く、日本神話の天
岩戸(あまのいわと)では桶を伏せて音を
鳴らしたと伝えられている。
和太鼓は縄文時代には既に伝達手段とし
て利用されていたようだ。
以前名前は忘れたが有名な方の和太鼓
の演奏を聴きに行き、色んな音色が出る
ので驚いた事があった。
その時演奏者がこの音を出せるようにな
れば一人前だが、この音を出すには十数
年掛かると言っていた。
太鼓の音に呼応して気分が高揚してきた
のか、坂本冬美さんの「あばれ太鼓」のよ
うに聴こえてきた。
♪ どうせ死ぬときゃ 裸じゃないか
あれも夢なら これも夢
愚痴はいうまい 玄海そだち
男命を 情にかけて
たたく太鼓の 暴れ打ち ♪
その後散歩に出掛けた。
この前一杯咲いてた金宝樹(きんぽうじゅ)
の花が殆ど散っていた。
(2013年05月21日 緩和医療の気配?)
花の命は短かかったが、この花木の命が
なくなる訳ではない。また来年も綺麗に咲
くだろう。
ただ爺さんにも来年また花を咲かせられる
のかどうかは誰にも分からない。
発声訓練の為一人でカラオケに行ってき
た。
(2013年05月14日 楽しい発声訓練)
最初はこの前感動的だった「白い花の咲
く頃」だ。この歌は昭和25年に発売された
岡本敦郎さんの懐かしい曲だ。子供の頃
から歌が好きだったのでよく知っている。
次は熱い情熱を感じる長渕剛さんの歌だ。
長渕剛さんの「乾杯」「人生はラ・ラ・ラ」
「とんぼ」はよく唄う曲だ。
「人生はラ・ラ・ラ」
「とんぼ」
かまやつひろしさんの「我が良き友よ」を
唄うと学生の頃を思い出す。
千昌夫さんの「君がすべてさ」もよく唄った
曲だ。
永井みゆきさんの「十九の港」を唄うと上
京した頃を思い出す。
川野夏美さんの「紙のピアノ」を唄うと何故
股旅演歌もスカッとして好きなんだ。
三波春夫さん「一本刀土俵入り」 中村美律子さん「瞼の母」
最後は鳥羽ちゃん(鳥羽一郎さん)の歌だ。
デビュー曲の「兄弟船」そして「おれの人生
始発駅」だ。
この「おれの人生始発駅」は10年程前に鳥
羽ちゃんの前で唄った曲なんだ。
「兄弟船」 「おれの人生始発駅」
いや~歌は楽しいね~この前の旅行では
殆ど声が出なかったので、仲間達が一緒
に唄って呉れた。改めて有り難うね。
発声訓練で少し唄えるようになると嬉しい
な。また来よう。
カラオケの帰りにお墓の掃除をしてきた。
ゆりおばあちゃん、ご先祖様住み心地は
どうですか。いつもお墓はピッカピカにし
ておきますからね。