ローマに住む老教授宅の空き部屋を間借りしたがる婦人が現れた事から
静かで落ち着いた生活が、乱され汚されるように喧騒に満ちてゆく中
コンラッドという青年の心に沈む実は豊かな感性とセンスに惚れ込んでゆく教授でしたが…
初鑑賞は1978年11月26日、日曜日
公開2日目の1回目
この時が初めての岩波ホール。やがて私の映画教科書のようになる劇場1階で日時指定の判子を前売り券に押してもらい、開場時間まで10階の入り口から急な階段に並んで待ったあの頃は
中学2年生
あと暫くすると期末試験の中学生が受けてしまったビスコンティの洗礼
虫明亜呂無・尾崎宏次・飯島正・淀川長治の解説
そしてヴィスコンティ本人の1975年時インタビュー載録にシナリオが付いて300円という宝のようなパンフレット(昨今のパンフとは質が違う)を読み耽り読み耽りボロボロにし
遂には別日に出掛けてパンフのみ購入したものです
解説を読んで瞠目し、シナリオを読み返して画を浮かべての(演劇的人物の出し入れ)や左翼だ右翼だに翻弄される人の弱さ不様さを
避けようと生きてしまった老教授が思い返す妻の涙、そして母の笑み
母がユダヤ人や思想犯を匿った隠し部屋を教授はどう使ったのかを想像する淀川解説の深みに唸り、母ちゃんから聞かされる当時の(禁断話)に知恵熱を出して寝込んだり
もう期末テストの成績は歴然です
押さえつけられるような映画鑑賞、した事ありますか
私はヴィスコンティ作品はどうしてもひざまづいてしまう癖が、本作で身についてしまったのだけど
自分が思い上がらない、という点で良い事だと感じてます
随分久しぶりに鑑賞しましたが
正座で2時間見入りました
老いてから本作を見ると、中学生の私が受けた衝撃に加えて
老いた教授が必死に避けて来た資本主義社会の協調や右掛かった理念が既に、かつて正論の頃さえあった左掛かった理念を駆逐している現在において自らの存在意義は何処を向けば微笑むのかという自問も漂っている事に気付かされ
それはヴィスコンティ自身がかつてシチリア共産党の製作下で撮り上げたネオリアリズモの傑作
「揺れる大地」の存在にも行き着くのでした
ネット配信でいつでも見られる時代しか知らないと
1978年の秋に始まったヴィスコンティブームの凄さは分からないでしょう
1990年に未公開だった「揺れる大地」公開が思いのほか集客が伸びずに映画館を中心にしたブームは下火になりますが
伯爵、ルキノ・ヴィスコンティ監督のデビューを知る者は減ったとはいえ
母ちゃんは「夏の嵐」を私に伝え「ルードウィヒ」を愛していました
私は「家族の肖像」で打ちのめされ「イノセント」を経て「ベニスに死す」へ至り
さあこれから再び、ヴィスコンティと向き合う歳になりました
その気持ちを込めての、久方ぶりの鑑賞でした