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3.11大地震 Ⅴ

わたしたちは給水を求めていたが1t車しか来ない。何百人も並んでいるのに。。


諦めてマンションに帰った。するとマンションの脇の公園からは水がジャブジャブでていると


避難所の方から教えていただいた。


行くとみんな歯を磨いたり顔を洗ったり。幸せな光景が見えた。


水・ガス・電気。全てがない今、本当にその光景が輝いてみえる。


結局2日目も旦那さん家族の安否は分からない、することも、できることもない。


また実家にお世話になった。



3日目、旦那さんの姉から連絡。衛星電話を使ったみたいで安否を確認できた。


それだけで胃の激痛から開放された。




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私の家の時計です。


二つとも、この時を忘れまいと言わんばかりに止まっていました。




3.11大地震Ⅳ

冷蔵庫のものを発砲スチロールに入れた。



相変わらず両親の携帯には繋がらなかったが、とりあえず安否確認にいくことにした。


車は混雑していて全然進まない。


実家に近くなった頃、父と連絡がとれた。二人とも無事。


4人で一緒にいよう。と実家に避難。


実家も真っ暗だったけどランプストーブのおかげでホッとできる暖かい光に包まれた。


なんども起こる余震で眠くもない。緊張で全身が痛くなった。


ラジオを一晩聴いていた。


全国で被害が起きていること。津波がすぐ近くまで来ていたこと。

家がなくなっていること。地形が変わっていること。


音声でしか得られない状況。


すごく不安を煽った。



実家の二階からは海沿いの火事が見える。


街は真っ暗なのにそこだけ赤くなっていた。


結局朝方まで起きてウトウトしたころ大きな地震がきて寝るのは諦めた。

ワンセグを見て明るくなった被災地の様子が映し出されたときの恐怖は言葉にはできなかった。

一番の被害にあったのは旦那さんの実家だった。

旦那さんは顔色も悪くなる一方で私は大丈夫大丈夫としかいえなかった。

家族からの連絡もなく、電話もダメ。


充電がなくなるほど二人で電話をかけまくった。


テレビを見て情報を知りたいもヘリから確認できる範囲の死者の数だけ。

避難所の人の名前とか顔とかなんで出さないの?!と私は一人、怒っていたとき

サンドイッチマンの伊達さんが言ってくれた。

私たちの思いを全国に伝えてくれた。


それからTV局が避難所を回ってくれるようになり、本当に感謝しています。




3.11大地震Ⅲ

上のご夫婦にお礼を言い、部屋に戻ったが部屋も足の踏み場に困るほど散らかっていて

怖くなった。

とにかく停電でなんの情報もない。


今、携帯のワンセグを見たら旦那さんと連絡つかなくなる。


家族も心配。


両親が心配。


友達が心配。



不安だらけだった。



そのとき、姉と連絡がついたが津波警報で家に帰れないとのこと。

パート先でとりあえず待機しているらしく恐怖で声が震えていた。


私も今日、友達から「あのとき、電話で声が震えてたから本当に心配したんだよ?!」

と言われて自分も震えていたんだ・・と思った。



姉の職場のちかくも海だ。


地震で大丈夫だったとはいえ安心できない。


とにかく逃げてほしいと言って電話を切った瞬間、旦那さんが帰宅した。




二人でとにかく握手をした。


ほっとしたのと、これからどうすればいいのか。だんだん暗くなってきて電気もない。


私の実家が心配なので車で移動することになった。