只今大阪の夢洲では万国博覧会開催中です。
前回のブログで1970年の大阪万博のことを書いたら、昔住んでいた街の思い出もあってちょっと懐かしい気持ちにもなりました。
あの時の万博跡は公園になっています。
そんなわけで万博の記念公園に行ってみることにしました。
私でも小学生だったあの時。
当然娘は知るはずがない1970年。
思い出と新発見の出会いがありそうな期待で出かけました。
いよいよ近づいて来ました。
わくわく。
万博記念公園の一部はショッピングモール。ニフレルという動物と触れ合える施設もあります。
太陽の塔。
太陽の塔には4っつの顔があるのですが、一つは行方不明だそうです。
塔の裏側。
塔の頭上。実物大のはEXPO70パビリオンで見られます。
そして行方不明の第4の顔。
復元されて塔内部で見られます。
この顔の背後の動画を観てから生命の樹のフロアへ移動します。
塔内部の生命の樹。
階段150段くらい上がりながら進化の歴史を見ることができます。写真撮影は受付で透明ポーチをもらったら頂上まで、それ以外の人は1階のみできます。
EXPO70パビリオンでは70年の大阪万博の様々な展示も見られました。
あの当時の電気自動車。
会場内の移動に活躍しました。
当時のマーク。
会場全体の模型。
中庭から遠目に太陽の塔。
本当は日本庭園などを廻る予定でしたが、太陽の塔の階段や公園の広さでかなりくたびれまして、ランチをした後帰途へ。
我が家からそれほど遠くはなかったので、また薔薇の季節にでも公園の花を楽しみに行こうと思います。
前回のブログで書いた通り、70年の大阪万博は幼な過ぎて見どころもよくわからないままでした。
伯母が来なければ多分行くこともなかったでしょう。
会場を巡りながらそういえばと思い出したこと。
あの時、万博に向かう象の行進を家の近くで見た覚えがあります。
道中は大勢の人、同級生も大勢来ていました。
万博記念公園は学校の遠足や友達と、また習い事の先生と、娘や母と何度か行ったのですが、太陽の塔の中に入ったのは初めてでした。
子どもの頃の思い出やその後共に行った人々を想う時間旅行でした。
今月の「まんねんS組」の活動の中でイタリア文化を紹介してくださっているYさんが、夢洲の万博のテストランに参加したそうです。
Yさんのイタリア勉強会にて。
イタリアのほか海外経験がある彼は通訳ボランティアをするそう。駅など会場周辺の案内が主な任務だそうです。
イタリアのパビリオンはテストラン当時はまだ完成されていなかったそうですが、開幕にはなんとか間に合ったようです。
未来に向けての技術やいろんな国の文化に触れたくて、私もいつか行ってみたいです。
今度はしっかり記憶に残すことができるでしょう。
おまけのしっぽたち
相変わらず仲良し兄弟のオレオとアッシュにお邪魔してセルフィーで撮影。
ロコは狂犬病の予防接種を受けて来ました。
体重増えていたー。17キロ。
















