いらっしゃいませにゃ。
やっぱり暑くって、だらりの助のおいら〜。
お願い。ブログ、ママにゃに任せるにゃ。
だ、そうですから引き続き。
今日は夕方から檀家になっているお寺で、送り火とお施餓鬼がありました。
お盆に帰ってきた先祖さん達の魂をお見送りする送り火。
お供えをしてもらえない餓鬼と呼ばれる無縁仏さんなどの霊に食を施すという仏事。
本堂では三蔵法師が持ち帰ったという莫大な経典の写しをお坊さんたちが次々と流れるようにぱらぱらと開きながら経を唱えていました。
その中で院主さんが護摩木を焚きながら、一軒ずつの檀家の先祖代々の供養を唱えます。
我が家でもお盆の間は、主人の両親のためのお供えの他、無縁仏さんへのお供え物のお膳を用意します。
実家の母がそういうことはきちんとやって見せてくれたので、私も母ほど丁寧とはいかないまでもそれを習って。
時代とともに変わり移りゆくことですが、こういうことは子々孫々、伝えていけたらなあと、思っています。
また今日は終戦記念日です。
私の両親は自分達の体験を色々話してくれた人達だったので、戦争を知らない世代の私にもいくらか想像しながら当時を思う事ができました。
両親ともに空襲の中を命からがら逃げ回った経験があります。
中学生だった父は舞鶴の工場に学徒動員中、攻撃を受けました。すぐそばに焼夷弾が落ちて大勢の友だちが目の前で亡くなり、父も必死で弾の雨の中かけたといいます。
もうきっと死んでしまう。そう覚悟もしたと。
命からがらなんとか無事に家まで(舞鶴からは汽車で帰らないといけないほどのかなりの距離ですが)さ迷い歩いて帰り着いたら、家族はみんな父が死んだと思いこんでいて驚いたとか。
父の実家は田舎街で無事でしたし、他の家族全員疎開することもなかったです。
代わりに大阪市内に住んでいた祖父の末弟家族が疎開してきていたそう。
祖母の妹は大阪市内にいましたが大阪の空襲を境に行方知れずになりました。
空襲で亡くなったのであろうということで、実家の墓地には父の叔母の墓碑もともにあります。
母は、岐阜市内の小学生低学年でした。
岐阜も市内や大垣など空襲にあいました。
母の上に姉兄、下に弟、妹は2人。
空襲があった時、母の実家は市内でも外れの田んぼが多いところでした。
母のきょうだいは畑に逃げて隠れて震えながら、爆撃機が去るのを待ったそうです。
市の中心部が赤々と燃えて空まで赤く染まっていたのを遠くから見ていたそうで、本当に怖かったと。
大勢の犠牲があった中、幸い両親の家族も家も無事でした。両方の祖父も戦争に行くことはありませんでした。
父方の祖父は町に必要な歯医者さんでしたし、母方の祖父は身体が弱かったので、戦地に行かず工場で働きました。もともと和菓子職人だったので、そちらの技術を使ったようです。
主人側の義父(私の母方の祖母と同じ年生まれです)は10代で海軍に志願しました。
次男であったので、家を継ぐのは兄として自分は国と家を守るつもりで。
弟は3人。が、戦争が激化するとお兄さんも含め皆召集されることになったそうです。
義父が家の跡取りを託したお兄さんは南方で戦死、3人の弟のうち2人は大怪我をおって1人は私が嫁いだ頃には亡くなっいて、1人は今も健在ですが、ずっと不自由な脚で暮らしています。
末弟である叔父は戦後もシベリアの抑留で、帰る事ができませんでした。
その叔父が帰国後、結婚し義父の実家を継ぎ、長兄の未亡人となった義姉一家を含めた大家族を養って行くことになりました。
義父は戦争未亡人の義母と結婚し、義母の実家の養子になりました。
義母には戦死した前夫との間に娘がいます。
主人の1番上の姉がその人。
義母には男兄弟も何人もいましたが、なぜ実家の分家になったのか。
兄が亡くなり、次男の義父がなぜ実家を継がなかったのかは、主人もよくわからないそうです。
シベリア抑留を経験した叔父は数年前、私の母と同じ頃、母と同じ肺癌で亡くなりました。
生前山を切り開いてキャンプ場を作り、手作りの遊具も作って子どもの遊び場を開放していました。
下は2014年8月、そのキャンプ場へ娘と従妹、実家弟たち家族で行った時の写真。
過去記事に詳しく書いています。
↓
何度かテレビの取材も受け、なくなる直前にはそのキャンプ場に大きな石のオブジェを作りました。
シベリアで故郷を思いながらも、帰る事ができなかった仲間のための鎮魂の像です。
このことは地方紙にも紹介されていました。
義叔父が亡くなったのは私が本を出版した直後。
お盆に伺って本をプレゼントしたら、義叔父の家族の皆さんから、ぜひいつか義叔父の体験した事も書いて欲しいと言われました。
いろいろお話を伺い、書きたいと思ったのですが……。
その日の夜、義叔父は救急車で運ばれ、そのまま9月初頭に亡くなりました。
ついにお話が聞けずじまいで、義叔父の娘さん達のからいくらかの話を聞いて、それをまとめていけたらなあと考えています。
私たちの少し前の世代が経験したこと、戦争に行った人達は国や大事な人達を思い、戦ったということ、小さな子どももたくさんの犠牲が出た空襲のこと、そして戦後乗り込んできたGHQが日本をどう変えていこうとしたのか、そして今世の中の状況が危うい中、私たちはどう考えどう行動していくべきなのでしょうか、そんな考察をいつか作品の中で描けたらなあと考えています。
正午、地域の消防署から放送がありました。
「今日は終戦記念日です。皆さんで黙祷いたしましょう」
という内容。続いて災害警報を兼ねたサイレンがなりました。
あの戦争で亡くなった国内外の多くの魂、そして戦争を体験した世代の皆さんに黙祷をささげました。
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ここからはPRコーナーにゃん
ママにゃと学生時代からのお友達の本が電子書籍でも読めるにゃん。
「Destiny-遥かなる宇宙より-」(文芸社)
著者 武美肖佳(たけみあやか)
龍未晶惺(たつみしょうせい)
宇宙時代の未来が舞台のドラマにゃん。
希望小売価格 ¥770+税
内容などの詳細は……
http://www.bungeisha.co.jp/bookinfo/detail/978-4-286-12296-0.jsp
(文芸社 書籍案内「Destiny-遥かなる宇宙より-」)
そしてカバーイラストを担当してくれた、企画デザイン事務所シーマックのしまかたさちこさん(彼女も学生時代からの友達にゃん)が挿絵他サポートをしている加藤敬三さんの本も発売中。
「骨の髄までホテルマン」
こちらは紙書籍。
オータパブリケーションズより
1,800円+税で
全国の書店、ネット書店にて。
「Destiny‐遥かなる宇宙より‐」
紙書籍の方は下記の書店さんで常備陳列中。
こちらは……¥1,100+税
2017年3月1日~2018年2月28日 常備配本されます。
前回とは常備配本先が変わっています。
(岐阜県大垣市三省堂さんのみ引き続き常備配本されます)
常備配本期間中に販売された場合は必ず補充されることになっていますが、流通事情などの諸事情で時間がかかる場合もあります。
文芸社の棚コーナーか各ジャンルのコーナーに陳列されることが多いそうですが、見つからない時は、書店設置の検索機のご利用または書店員さんにお尋ねください。
他ネット通販などもご利用ください。
北海道
札幌市 三省堂書店 札幌店
千葉県
千葉市 三省堂書店 そごう千葉店
船橋市 三省堂書店 船橋店
東京都
墨田区 三省堂書店 東京ソラマチ店
千代田区 三省堂書店 有楽町店
千代田区 三省堂書店 神保町本店
神奈川県
横浜市 三省堂書店 新横浜店
横浜市 紀伊國屋書店横浜店
新潟県
新潟市 紀伊國屋書店 新潟店
富山県
富山市 紀伊國屋書店 富山店
岐阜県
大垣市 三省堂書店 大垣店
愛知県
西春日井郡 紀伊國屋書店 名古屋空港店
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神戸市 紀伊國屋書店 神戸店
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岡山市 三省堂書店 岡山駅店
よかったら読んでみてにゃん







