昨日19日は両親の法事でした。
父が7回忌、母が3回忌です。
暖かな陽気に包まれる中、実家がお世話になっている曹洞宗のお寺をお借りしての法要。
両親のためにいつもよりも長いお経を力強くあげてくださったおっさん。
父の時も母の時も、ご自分の身うちのようにすすり泣きながらお経を唱えてくださいました。
お焼香の時は「心の中で二人に語りかけて、近況などを報告してあげてください」
ということで……。
私はその数日前に受けた乳腺外科の検査の結果と無事に置いてもらっていることを感謝と報告。
そして自分の席に戻ろうと振り返った時、そこに集まった親族の人たちを見て、大きな喜びを感じました。
中には事情があって疎遠になりかけていた身近な人達もいました。
長い年月、色んなことを乗り越えてきて、また縁を深く結ぶことができた。
昔のわだかまりも消えていました。
両親が心から望んでいた事です。
両親が大事に思っていた人達です。
胸が熱くなり、すがすがしい気持ちで席に着きました。
その後の会食の後、皆さんと握手をし、名残を惜しみながら散会。
遠路を駆け付けてくれた皆さんを見送りながら心の中で「みんな大好き!!」
って叫んでいました。
下はそのお見送りの時、私達きょうだい家族一同。
従妹がバスの中から撮ってくれた写真です。
ただ残念ながら主人と義妹たちのお母さん達は少し離れた所で歓談していてここに入れなかったです。
バスが発車を待っていたので大急ぎで撮ってくれた写真でした。
娘、甥っ子、姪っ子たちと従妹の子どもたち。
娘たち世代の他に義妹と私が紛れ込んでいますが。
法事というのはもしかしたら、亡くなった人のためだけにするのではないのかもしれません。
次第に世代も変わって、父の姉と弟の一人は父の死後1年ごとに亡くなって、代わりに従妹たちが来てくれました。
また父の従兄弟たちも世代が変わってその次の世代、私たちから言えばはとこに当たる人たちが来てくれていたり。
そんな風に法事という場は、年ごとに疎遠になりがちな血縁の絆を改めて結び直す機会であるのかもしれません。
亡くなった人達の置き土産とも言えるかもしれないです。
もちろんそこには、お互い気持ちを合わせる、歩み寄る、連絡を取り合うなど、色んな努力が必要ではあるのでしょうけれどね。
ウバが見たかった方のために……
最後に法事でおっさんにしていただいたお話より。
何となく自分の中に一致するものがあったので、心にとめおこうと思って記しておきます。
「今日はいいお天気ですね。
皆さんの日頃の行いがよいから……と、よく言われます。
しかし大事な時に雨が降ったからと、その人の日頃の行いが悪いとは言えませんね。
晴れだからいい天気とよく言うけれど、雨もまた必要。
日照りが続けば水不足で雨が欲しくなるし、雨も過ぎれば今年あった災害のような事もある。
晴れ雨どちらも大事だし、時によっては困ることがある。
どんな時であれ感謝する気持ちが大事です。
〇〇だから、〇〇してもらったから感謝するという条件付きの感謝でなく、どんなことにもどんなときにも心からああよかったなあ、これでいいのだと感謝できる気持ちが大事です」
かなりはしょりましたが、実際は漢詩の一節(北宋の詩人、蘇東坡が西湖を歌った詩)を交えながらのお話でした。
メモする間がなくて、その詩そのものは覚えきれなかったのですが、内容は、身近な例で言うと、どこかに旅に行って晴れていれば素晴らしい景色が見えるのに雨が降って残念っていう時がありますね。
でもその漢詩の中で霧がかかったような雨の景色もまた素晴らしいではないかと言っているのです。
その時その時を素晴らしい、いいなあ、ありがたいなあと思う気持ちを大切にしましょうというようなお話でした。


