vol.5 意思とは裏腹の結末
妊娠発覚の翌日
いつも通り出勤するが、気持ちがずっと揺れ動いて不安定でした。
出産したいけど、産めないかもしれないという現実。
しかし私の気持ちは「産みたい」からなに一つ変わっていなかったのかもしれません。
この時の私は、結婚願望がなく、中絶して欲しいとはっきり言う彼に対し
反抗心でいっぱいでした。
私の気持ちはどうしてくれるのか。
また彼の子を授かることはできるのか。とにかく未来が保証されないのなら
中絶することは無理だと思っていました。
赤ちゃんにも、彼にも、なんて自分勝手な考えなんだと今では思えます。
職場でも彼と2人になると唐突に泣き出す私
誰かに見られたらと苛立ちを隠せない彼
私は耐えきれず、泣きじゃくりながら体調不良を理由に早退しました。
帰る私に彼は、戸惑いながらも話をしてくれました。
強く当たってしまって申し訳ないと。私の気持ちを配慮しているからこそ、
その選択をさせようとしている自分、お腹を大切そうに触る私を見て、
彼も心が痛かったんだと思います。
気を張っていないと壊れそうだと呟く彼の肩は小刻みに震え、
目には大粒の涙が溜まっていました。
そんな彼を見た時私は、初めて彼の気持ちを考えていないことに気づき、
彼を苦しませてしまっていることへの罪悪感が溢れてきました。
彼を愛しているからこそ、彼にしあわせであって欲しいと思いました。
そう考えたら、「産みたい」という私の気持ちだけを押し通すのは
私自身が望む結果にはならないことに気づき、泣き喚きながらも
考えて、考えて、ひたすら考えました。
正解はない。だからこそ最善の選択をしようと。
妊娠発覚から3日目。
少し気分を変えた私は朝から出勤し、仕事が手につかないながらも
一日職場に居続けることができました。
しかし、夕方17時頃から下腹部の痛みが強くなっていました。
じわじわと増す痛みに落ち着かずとりあえずトイレへ。
ハッとしました。
ペーパーには真っ赤な鮮血がしっかりと。
これは頸がん検診の後に起こる出血の許容範囲なのだろうか不安になり、
トイレの中で色んなサイトから検索しました。
まだ滴るほどの出血ではなかったため、とりあえず様子を見ることに。
徐々に痛くなる腹部。腰を曲げていないと歩けないほどに。
波があったので、楽な時は会話をしたり普通に過ごしました。
彼と一緒に帰宅している帰路で、腹部は常時痛い状態に。
出血の量は変わらずでした。
お腹が空いていたのと、あったかいものを求めていたため
私と彼が好きなラーメン屋で食事をし、帰宅しました。
帰宅してから私は耐えきれずベッドに横たわり、休むことに。
寝て楽になったため少し安心していたのも、束の間。
呻くほどに痛みが増し、彼に我慢していいものなのかどうか救急電話で
確認してもらうように伝えました。
電話をしている途中、耐えきれず「痛いーーーーー」と何度も訴えかけてしまいました。
(ご近所さんは虐待かと思われたんじゃないかと後々不安になりました)
救急電話には産婦人科医がいないため、救急車を呼んだ方がいいとの判断から
救急隊に現状を伝え、現場で判断してもらうことにしました。
その時私の頭の中には「痛み」と同時に、「赤ちゃんに異常が起きたのでは?」
という不安が浮かんでいました。
救急隊が到着した頃、私は他のことが考えられずとにかく痛みで泣き喚くしかできませんでした。
結局動くこともできず救急車で搬送されることに。
その時の私を見た彼は後に教えてくれました。
「出産するのかと思うくらいの叫びようだった」と・・・
搬送されたのは高速道路をしばらく走ったところにある大きな病院でした。
その時には痛みより「恐怖」の方が大きくなっていたのです。
経験した方は体感した方もいると思いますが、
痛みで泣き叫ぶ救急車の中で、ふと変化が起きました。
車がガタンと揺れた時、「ん?」と目を見開きました。
ストンと痛みが恥骨部辺りに移り、痛みの度合いがスンと減ったのです。
妊娠した女性なら誰もが頭に過るでしょう。
「もしや、流れてしまったのか?」
しばらく思考停止して静かになった私。
その可能性が頭をよぎった瞬間再び泣き喚く。
彼の手を握りしめ、「流れちゃったらどうしよう」
今思えば彼にとっても残酷な言葉をぶつけていたなと反省しております。
病院に到着し、すぐにエコーで検査
しばらくなにも言わない先生を煽る私。
やっとエコーの画面を見せてくれたものの、以前見た画像と違いがわからず
どうなってるのかと問いただす。
「これね、どう見ても心拍動いてないんだよね赤ちゃん」
3日前は心拍確認できたのに。
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私は3日間という短い期間で稽留流産となりました。
妊娠7週。母と自覚してから3日。
早すぎる。
私はこの嵐のような3日間に気持ちがついていけず、
本日で引きこもり生活8日目を過ごしています。
毎日あの日を思い出しながら、このブログを書くことで
私は心の整理をしています。