健やかなるときも、病めるときも
喜びのときも、悲しみのときも
富めるときも、貧しいときも
教会式の結婚式で「誓いの言葉」としてお馴染みのフレーズです。
この言葉の中で、健やかなるとき、喜びのとき、富めるとき、を共有できる相手はたくさんいると思います。
しかし、病めるとき、悲しみのとき、貧しいとき、というのを共有できるのは、本当に限られた人になってくると思います。
人はひとりぼっちでは生きてゆけません。
友情や愛情など、人との心の繋がりや支え合いがなければ、健康な精神状態では生き続けることが難しいものです。
一日に三人以上の人と話をしなければ人の心は病んでしまう、という話もあるくらいです。
しかし、私は電話受付の仕事をしていた時、毎日、何十人ものお客様とお話しをして、何十人もの同僚に囲まれていましたが、孤独でした。
つらく苦しい時に、本当のことを人に話せなくなりました。
私の心を受け止めてくれる人は、そばにいないと思い込んでいたからです。
聖書はそんな時に、各々、自分から積極的に身の周りの人と仲間になるようにしなさいと教えています。
しかし、その努力が報われない時があるもの、また事実です。
もし、そんな風に「どうがんばっても本当にひとりぼっちだ」と嘆かずにはいられないほど、追い詰められた時には、「それでも最後に残って共に泣き、共に笑ってくださる神さまがいる」と思うことが出来るかどうかが、再び立ち上がることが出来るかどうかの分かれ道だと思います。
参考文献 信じる気持ち はじめてのキリスト教 富田 正樹


