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Ayanosuke

中学の歴史の授業でキリスト教に興味を持ち始め、オーストラリアの日本語教会で洗礼を受けクリスチャンになりました。
そんな私がミイラ取りからミイラになり、ミイラになり切れなかったことを感じた記録です。

キリスト教にはユダヤ教のお祭りが度々出てきますが、その内容を知らないと何を起源にしたお祭りなのか分からないままになってしまいます。

一年の初めからユダヤ教のお祭りを見てみたいと思います。

 

プリム祭(仮装祭)は、紀元前5世紀のペルシアの王妃であったユダヤ人のエステルが、ユダヤ人の皆殺しを図った王宮の高官ハマンの手から同朋を護ったことを記念する祭りです。

 

ユダヤ歴のアダルの月(2月中旬から3月中旬)の14日と15日に祝われます。

この月にこの祭りがあるので、「一年中で最も幸せな月」とされています。

 

王宮の高官ハマンは自分に跪いて敬礼することを人々に強要しますが、エステルの養父モルディカイは、イスラエルの神にしか跪かないと、これを拒否します。

怒ったハマンは、ユダヤ人皆殺しを企てます。

しかし、エステルは命を賭してその悪計を阻止し、彼を滅ぼしました。

この時、ハマンがくじ引き(プリム)でユダヤ人殺害の日を決めたことから、祭りの名前となったと言われています。

 

祭り自体は、ユダヤ人がセレウコス朝シリアの支配下にあった頃には、既に行われていました。

ユダヤ人のバビロンからの解放を記念するものとして成立していたようです。

 

シナゴーグでは、「エステル記」が朗読されます。

その中でハマンの名が出ると子どもたちは音を立てて騒ぎます。

祭りの日、町では大人も子どもも仮装をして練り歩き、家ではパーティーが開かれます。

 

参考文献 ユダヤ教 カス・センカー

 

ノンクリスチャンの友だちからこのような質問をされました。

レザー・アランス著のその名もズバリの本がありますが、今回は少し違う視点から見ていきたいと思います。

 

映画『神は死んだのか』(原題:God’s Not Dead)は無神論者の哲学クラスの大学教授と、学生の物語です。

教授は初日のクラスで「God is dead」と神の存在を否定する宣言書を生徒に強要します。

しかし、一人のクリスチャンの学生は、どうしても書くことが出来ませんでした。

「ならば神の存在を全生徒の前で証明しろ」と教授に迫られ、講義の最期の15分間を使って、学生が証明していきます。

その中のワンシーンです。

学生:なぜ神を憎むのですか?

教授:バカげている。

学生:神がいることは科学によっても明らかです。

教授:私からすべてを奪ったからだ。

学生:存在しないものを憎めますか?

 

ユダヤ人が迫害される理由の一つとして、「キリストを殺した犯罪者」としてキリスト教社会からの弾圧があります。

もし、イエスが実在しなかったのなら、ユダヤ人が迫害されることは、それこそ、バカげたことであり、存在しなかったものを否定することは出来ないと思います。

 

このことから、イエスが実在したということは信じるに、あたいすると言えるでしょう。

聖書を学んでなんとなく内容は分かったのですが、見ていないものを信じるのは難しいことだと思います。

私の通った高校はカトリックでした。校舎の屋根にマリア像がついていて、夜はライトアップしているで、近所からは「像を撤去せよ。」という意見もあったようです。

オーストラリアで通っていた教会は、プロテスタントでした。

同じイエス・キリストを信仰するのですが、その違いがイマイチよく分かりませんでした。

私なりにまとめてみました。

映画などを観る際にご参考にしていただければ、幸いです。