お金と幸福について | Ayanosuke

Ayanosuke

中学の歴史の授業でキリスト教に興味を持ち始め、オーストラリアの日本語教会で洗礼を受けクリスチャンになりました。
そんな私がミイラ取りからミイラになり、ミイラになり切れなかったことを感じた記録です。

私はお金に困ったことがありません。

「だから言えるのだ!」と言われるかもしれません。

 

「お金は私を幸せにはしない、けれど私を不幸にもする。」

お金に困った経験のある友だちから言われました。

そして、「お金で買えないものは少ない。」とも言われました。

 

本当の幸せは、衣・食・住です。

みんなが貧しければ、それが手に入るだけで幸せを感じられると思います。

しかし、今の日本社会に生きる人々の心を動かしているの価値は、経済的な豊かさであり、それをもたらしてくれる能力・才能です。

「先に先に進もうとすること、成功することだけが人生ではない。じっくりと休んだ方がよい。その方がずっと価値がある。」と確信をもって言える人は、今の日本社会にどれほどいるでしょうか。

また、「お金がなくてもいい、貧しくてもいい、自分の思うように生きてみなさい。」と腹の底から本気になって子どもたちに言うことのできる親がどれくらい、いるでしょうか。

 

お金がわたしたちに与えてくれる幸せには限界があります。

お金の力でできることは、たかだか生活環境をよくし、快適な状況を整えるくらいです。

わたしたちの心の中までは満たしてくれません。

お金に依存しない幸せを見出す必要があります。

 

『乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。ピリピ4:11ー12』

私は神を受け入れ、心が満たされることを知りました。

そして信仰生活に必要なものは、すべて神が用意して下さっていることを知っています。

もちろんそれにはお金が必要なこともあります。

私はそのお金も神からの贈り物であると確信しています。

 

参考文献 キリスト教入門Q & A 森 一弘