日本とイスラエル  2(気候について) | Ayanosuke

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中学の歴史の授業でキリスト教に興味を持ち始め、オーストラリアの日本語教会で洗礼を受けクリスチャンになりました。
そんな私がミイラ取りからミイラになり、ミイラになり切れなかったことを感じた記録です。

聖書を読んでいた時、私がイスラエルのイメージした背景は、荒涼たる大地でした。

乾いた風と土埃が舞う。という感じです。

 

日本とイスラエルを、全地球のミニ版と表現した著者がいます。

イスラエルは、「地上の模型」なのである。ネゲブへ行けば砂漠、フーレ湖(フラ湖)(今は干拓されたが)付近へ行けば湿地帯でかつてのマラリアの地、厳冬のエルサレムでは氷雨がふって、二、三年に一度は雪までふるが、同日同時刻に、直線距離で二十二キロのイェリコ(エリコ)は行くとクーラーが必要である。ヨルダンの両岸は昼なお暗き熱帯のジャングルだがヘルモンの頂上は四時雪をいただき、一方、セフェラ(シェフェラ)に下れば典型的な地中海気候のなだらかな沃地だが、東へと高地を一つ超えれば死海の沿岸で、昆虫以外には生き物のいない荒涼たる岩地である。

日本の四国より少し広い地域に、熱帯・寒帯・温帯・砂漠・湿地・平地・丘陵地・海・湖・塩湖・川が入り組んでいて、いわば全地球のミニ版になっている。

 

日本は、赤道直下の気候にもなれば、シベリア以上の積雪にもなる。ボルネオの密林のように湿度が高くなることもあれば、東京砂漠などという言葉が新聞に出るほど乾燥しきったカラッカゼが吹くこともある。そして日本では、これがほぼ正確に一定期間で循環している。これを見るとつくづく、日本人とは「九十日の民」だという気がする。

 

私にとってイスラエルは、西の果ての場所でした。中学で地理の資料集の中に、嘆きの壁の前で祈るユダヤ人の写真がありましたが、そのくらいのイメージでした。

この本を読んだとき、私の中のイスラエルの印象が自然豊かな場所へと変わりました。

 

参考文献 日本人とユダヤ人 山本七平