コメダでの自由な気持ちと彼女への愛着 | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

またコメダに来ている。

ここに来るとなぜか落ち着く。

だから、いつもここに着たい気持ちがあるが、テニスの練習もしたいし、カラオケの練習もしたいし、土日はここはいっぱいだし、なので、2.3日に1回くらいか。

 

なぜコメダは落ち着くか。

ここはいつも客が、ある程度は必ずいるので孤独感を感じない。

そして、人を気にしたり、気を使ったりしなくてよくて、素の自分のままでいられる。

やはりこの、人の中にいて、なおかつ自分のままでいられるというのは、俺にとって何ものにも変えがたいのだろう。

 

そのうえ、若くてかわいいおねえさんが、入出店の時は、付かず離れずの距離で接してくれる。

これもたぶん俺を刺激しているのだろう。

かわいい顔と若い声と、距離の取れた態度で。

 

最近は、ここに来て何をしようか。

このブログを書くか、新しい週刊現代と週刊ポストを読むか、このアイパッドでネットを見るか、このいづれかになるのだが、これ以外に何もせず、ぼーとしている手もあるかと、今は思う。

それくらい、ここは居心地がいいと今日分かった。

 

特に最近は、窓際に外に向いて横に四つ並んだ中の、1人席に座ることが多いが、これがいいのかもしれない。

以前よく座っていた席は大きい方の部屋で、客も多く、客同士顔も見えるし、女性客が気になったりしていた。

最近は、ここで女性と知り合うことは無いだろうと分かり、そういうことはあまり期待しなくなった。

 

以上が、今日ここに座って感じたことで、新しい気づきでもあるのだろう。

 

さて、もう一つは彼女とのことである。

 

2週間ちょっと前の、彼女の下宿生の馬鹿親との決戦以降、生徒は先月末にきれいに退去し、彼女は安定した生活を送っているようで、俺も安心している。

 

そして、俺も1週間ごとに彼女の家に行っている。

俺は彼女とはこの前のように、何回も別れようと決心するが、やはり俺には彼女が必要のようで、彼女からアプローチがあるとすぐに元に戻る。

俺は彼女とはセックスで繋がっているように思っていたが、実はそれだけでは無くそれ以上に、俺の心が彼女を必要としていたのだ。

 

やはり彼女には何でも言えるし、俺の全てを出せるだろう。

こういう深い関係は俺は初めてだし、彼女も男では俺が初めてだ。

やはり孤独になると俺は彼女に電話したくなる。

彼女はいつでも俺を求めており、受け入れようとする。

シニアテニスのうわべだけの人間関係が虚しくなる。

 

俺はこの4年半、彼女に俺の全てをぶつけ、トラウマを解消して来た。

実はありがたい存在だったのか。