かわいそうなのは、俺か | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

またコメダに来た。

朝9時過ぎなので、さすがに客は半分の入りだ。

それに土曜日なので、若い人がほとんどだ。

 

俺も1人テニスをしようと、さっきテニスコートに行ったのだが、予約でいっぱいだったので、急きょコメダに来たのだ。

 

ところで、足の冷えはまた良くなっている。

やはり温泉でのマッサージがいいようだ。

やって帰った直後から、良くなっているように感じる。

うれしい、本当にうれしい。

一時はどうなるかと絶望していたのだから。

 

さて、彼女とのことである。

彼女からは、前回書いた2日続いた、2回の短い呼び出し音の電話以降、何もコンタクトは無い。

これは俺にとっては有難いことなのだが、実はそう簡単なことでもなかったのだ。

 

どういうことかと言うと、俺は半分は電話を待つ気持ちが出て来たのだ。

ケンカ別れの当初は、俺は彼女からの電話がかかって来るのは嫌だったが、何も無くなった一昨々日ごろから、彼女の電話を待つ気持ちが出て来、間違えればこっちから電話するかと言うところまで、気持ち的にはなっていたのだ。

俺は彼女が欲しくなっていた。体ではない。心だ。

 

俺は一昨日、シニアテニスの会議が室内であり、俺はコロナを理由に欠席したのだが、会議のためその後の練習も出席人数が多く、普段は5.6人が、その日は11人も集まったのだ。

 

 

そして半年くらい前に、俺に対するリーダーの不当な扱いに、俺が怒った後ずっと休んでいたリーダーが、主催した会議の後練習に出て来ていたので、俺はリーダーが俺に嫌がらせをしないか、メンバーが多いので、リーダーとつるむ1.2人で大勢を作り、俺を陥れようとするんじゃないかと、構えていた。

 

結果は何もなかったが、俺はみんなの好意は「いらん」で突っ張っていたので疲れ、その代償を彼女に求める気持ちが強く出て来たのだ。

今まではこう言う時は、電話で彼女に話し、味方になってもらい安心を得ていたのだ。

こういう意味では、彼女は有難い存在だった。

 

まあ一昨日の夜は、自分でもびっくりするくらい彼女を求めた。

しかし踏ん張り、彼女を求めるトラウマを溶かした。

これはやはり人の愛情、好意を求めるトラウマなのだ。

 

まあそうするうちに、俺はあることに気づいた。

 

俺は彼女を捨てようとすると、彼女がかわいそうという気持ちが強くなって来て今まで別れられなかったが、これは違うのではないか。

彼女は俺が思っているほど、こたえないのではないか。

俺の苦境を何とも思わないくらいだから、俺のことをそれほど好きでもないし、愛情も無いかもしれない。

ただ付き合う相手として、俺は優しく彼女を助けるので、言い方は悪いが、俺を利用したいだけなのではないか。

 

そしてもう一つ、俺が彼女を捨ててかわいそうに思うのは、俺が幼少期、一番好きで心から慕っていた、おじさんおばさんに裏切られ見捨てられた俺のトラウマではないか、ということだ。

 

そう言えば俺は、元妻とも、結婚する前に嫌になっていたが、別れるのがかわいそうで、いやいや結婚した。

 

普通の男なら、元妻もいまの彼女も問題が大きすぎて、直ぐに別れていただろう。

俺はこのトラウマのせいで、別れられなかったのだ。

かわいそうなのは、俺なのだ。

 

今回、こういうことが俺としては分かり始めたような気がしており、今は彼女に取り込まれず、冷静に彼我を見つめようとしている。