夜の孤独感、 | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

孤独感について書きたい。

 

昼間はほとんど感じないが、夜になると孤独感が出てくる。

 

どことも誰とも繋がっていない、世の中から1人切り離され、誰にも知られず、ポツンと1人いる感じ。  

 

昼間はテニスがあり、カラオケがあり、喫茶店があり、それなりに行くところと、やることがある。

この時は1人であっても、ほとんど孤独感は感じない。

 

夜でも、飲みにでも出れば、ある程度孤独感は無くなるだろう。

やはり家に1人いることが孤独感を醸成するのだろう。

昼間でも家にいると孤独感を感じるから、外に出て孤独感を解消するのだろう。

しかし夜は外に出る機会が無くなるので、孤独感が出るのだろう。  

 

本当は1人家にいて、孤独感を感じずに、何かに没入することができれば最高と思う。

例えば今は、家にいるとすぐにトランプのフリーセルをやってしまう。

もう中毒になっている。もう4.5年になる。

これは、トランプの問題を解決すると、たぶん喜びのホルモンが出てこれが常習となり、それを求めて意思とは裏腹に反復してしまう。

あるいは、そもそも孤独感の解消のために無意識的には、やっているのかもしれない。

しかし、孤独感の解消にはいいが、生産性がない。

 

時間の無駄とやめても、他にすることがないので、またやってしまう。 

他に何かやりがいのあることをしたいと思うが、なかなかそれが見つからない。

見つからないというか、たぶん孤独感に押しつぶされて、物事に集中できないのだと思う。

 

俺にとって孤独感を解消することが一番の目的なので、何をしても1人いる家では充実感を感じない、ということかもしれない。

 

これらを解決するにはどうすればいいか。

 

俺はどの社会的集団にも所属していない。

職場、地域等々。

趣味では、テニスは3つくらいの、4.5人から10人までくらいの小さな集団に所属しているが、これらは結びつきが弱く、個人的な付き合いはないに等しい。

 

仕事をしていれば、いい悪いは別にして、やはりそれなりの強い結びつきはできるだろう。

やはり退職すれば孤独になるというのは、その通りで、俺もそうだろう。

 

地域も、もちろん自治会には入っているが、それだけで、家のすぐ隣の2.3軒だけが顔見知りで後はほとんど何もない。

 

まあ俺みたいなものが、孤独死を招くのだろう。

まあ孤独死でもいいのだが、孤独感は脱却して家で1人でも充実したい。

 

遡って、今こうしてブログを書いていることは、実は一つの充実である。

最近は、コメダ珈琲店で書いてきたが、家では書く気がしなかった。

ところがこうして家で書けるようになったことは、孤独感が少しだけ解消してきたということか。

 

また、彼女に電話という手もあるが、それをしないのもその証左か。

いずれにせよ、1人を楽しむという心境になってみたいものだ。

 

いや、1人を楽しむという言葉が出てきたということは、何となくそのイメージが出てきたということか。

 

いずれにせよ、、今回は家でブログを書くということが目的であった。