孤独感について書きたい。
昼間はほとんど感じないが、夜になると孤独感が出てくる。
どことも誰とも繋がっていない、世の中から1人切り離され、誰にも知られず、ポツンと1人いる感じ。
昼間はテニスがあり、カラオケがあり、喫茶店があり、それなりに行くところと、やることがある。
この時は1人であっても、ほとんど孤独感は感じない。
夜でも、飲みにでも出れば、ある程度孤独感は無くなるだろう。
やはり家に1人いることが孤独感を醸成するのだろう。
昼間でも家にいると孤独感を感じるから、外に出て孤独感を解消するのだろう。
しかし夜は外に出る機会が無くなるので、孤独感が出るのだろう。
本当は1人家にいて、孤独感を感じずに、何かに没入することができれば最高と思う。
例えば今は、家にいるとすぐにトランプのフリーセルをやってしまう。
もう中毒になっている。もう4.5年になる。
これは、トランプの問題を解決すると、たぶん喜びのホルモンが出てこれが常習となり、それを求めて意思とは裏腹に反復してしまう。
あるいは、そもそも孤独感の解消のために無意識的には、やっているのかもしれない。
しかし、孤独感の解消にはいいが、生産性がない。
時間の無駄とやめても、他にすることがないので、またやってしまう。
他に何かやりがいのあることをしたいと思うが、なかなかそれが見つからない。
見つからないというか、たぶん孤独感に押しつぶされて、物事に集中できないのだと思う。
俺にとって孤独感を解消することが一番の目的なので、何をしても1人いる家では充実感を感じない、ということかもしれない。
これらを解決するにはどうすればいいか。
俺はどの社会的集団にも所属していない。
職場、地域等々。
趣味では、テニスは3つくらいの、4.5人から10人までくらいの小さな集団に所属しているが、これらは結びつきが弱く、個人的な付き合いはないに等しい。
仕事をしていれば、いい悪いは別にして、やはりそれなりの強い結びつきはできるだろう。
やはり退職すれば孤独になるというのは、その通りで、俺もそうだろう。
地域も、もちろん自治会には入っているが、それだけで、家のすぐ隣の2.3軒だけが顔見知りで後はほとんど何もない。
まあ俺みたいなものが、孤独死を招くのだろう。
まあ孤独死でもいいのだが、孤独感は脱却して家で1人でも充実したい。
遡って、今こうしてブログを書いていることは、実は一つの充実である。
最近は、コメダ珈琲店で書いてきたが、家では書く気がしなかった。
ところがこうして家で書けるようになったことは、孤独感が少しだけ解消してきたということか。
また、彼女に電話という手もあるが、それをしないのもその証左か。
いずれにせよ、1人を楽しむという心境になってみたいものだ。
いや、1人を楽しむという言葉が出てきたということは、何となくそのイメージが出てきたということか。
いずれにせよ、、今回は家でブログを書くということが目的であった。