年上女性の集団からの自立 | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は午前中、久しぶりに一人カラオケに行った。

カラオケ店の受付は馴染みの女性で、久しぶりに話をしたが、感じるものはほとんど無かった。

歌は低い声のいい声が出るようになっており、俺は戦後からの古い歌を次々と歌い、楽しかった。

三橋美智也の「リンゴ村から」を歌った時は、俺の故郷の家を思い出し泣けてきて、歌うことができなくなった。

昼からはシニアテニスに行った。

ここでは、おばさん達の支配的で自己中心的な言動に嫌気がさし、その中に入りたくなくなってきた。

今後また関係を変えざるを得ないだろう。

夜の風呂でのトラウマ解消は、やはりおばさん達との関係で、幼少期の家の取り巻きのおばさん達に下手に出ない態度をイメージし、トラウマを溶かした。

俺は母親の愛情が無かったので、近所のおばさん達の愛情が欲しかったのだ。

その態度や欲求がトラウマや無意識となり、今もシニアテニスなどの俺に好意を示す年上女性にも出ていたのだが、ここにきて彼女らから離れ、対等な関係を作る段階になってきたようだ。

また、その年上女性達というのは、一人一人の年上女性ではなく、年上女性達の集団であり、その集団からの自立して、その中の一人一人と対等になるということのようだ。