カラオケ喫茶でA子らに大喝采を浴びる | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

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60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は月曜でテニスの予定の無い日だったが、午前中小雨の合間に、サッカー場で壁打ちを一時間ほどした。

月曜は隣市のカラオケ喫茶MKにA子が来ると推測される日なので、俺は1人で行こうと考えていたら、昼過ぎにM男から電話が入り、隣市に行って来て、今帰って酒を飲んでいると言うので、俺は何の話しかと、冷たくあしらった。

M男は、自分は午前中用事で隣市に行ったが、昼前から開店のカラオケ喫茶には、俺に抜け駆けして行ってはおらず、今は酒を飲んでいてもう昼からは行けないとでも言いたかったのだろう。

俺はM男の電話に取り合わず隣市に向かい、40分後カラオケ喫茶MKに入った。

MKには案の定A子がおり、また昨日もいて俺と親しく話したA子の友達や、少しだけ知っている女性らや、A子とも親しそうな賑やかな男性もいた。

俺は、よおっとA子らに声をかけ、そこだけ空いていた中央のボックスのソファに一人座った。

A子らは後ろのソファで今までとは逆になり、俺は後ろから見られる立場で、特に昨日は女性が多かったこともあり多少緊張気味だった。

そのうちに俺の隣にも顔見知りの年配女性が来たり、トイレ帰りのA子や友達と一言二言話したりし、気楽になってきた。

場は、当初は賑やかな男が女性らにアピールしてリードしていたが、彼が帰った頃からか、急に俺の歌に女性ら、特にA子らのグループの3人の反応がすごくなり、俺との間で丁々発止のやり取りとなった。

「君だけを」を歌う時は、俺はステージでマイクを持って、西郷輝彦になった気持ちで歌うわ、と話しかけてみたり、歌い終わってからはA子の友達が、あの歌が流行った時は私は高校生だったというので、俺は小学生だったと言うと、俺の年を知っている彼女は、いや中学生だと切り返したりした。

また次に俺が「木綿のハンカチーフ」を歌った時は、ほとんどの女性達が手拍子をしてくれ盛り上がった。

そうした中で俺は多少不自由さも感じていたので、自由になるイメージを模索していたが、なかなかピッタリくるものがなく、とりあえず「超越する」にしていた。

そして5時近くにはM男から電話があり、最初出れなかった俺は、歌唱中だったからと言うと、M男はすぐに俺がMKに来たことを知り、ガックリしたようだった。

そしてA子らが、またねと俺に親しく挨拶して帰って行き、俺もその後充実感いっぱいで店を出た。

夜風呂でのトラウマ解消は、やはりMKでの場面だった。

俺は女性達から注目され、拍手喝采され嬉しかったが、不自由さも感じた。

この不自由さは何かと考えると、この注目や賞賛を求め期待し、失いたくないという無意識の動きだろう。

これは幼少期から中学時代まで、地域のおばさん達や女生徒達に、常に注目賞賛され、それを失いたくないという動きが俺の中で固まっていったのだろう。

トラウマ解消では、これらの時代のことやMKでのことを思い出し、これらは「要らん」で、深いところのトラウマがまたドンドン溶けていった。