ヨガ教室の二人組の女性達とのこと再考 | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

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60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は午前中、水曜テニス教室は休みだったので、サッカー場の壁で壁打ちをした。

バックハンドストロークは1時間したが、ようやくものになってきた。

後スマッシュを30分したが、これも壁が高いためテニスコートの壁ではできない練習ができ、有意義だった。

昼からは、M男と1時間かけて隣の隣の市まで行き、俺は初めてのカラオケ喫茶に行った。

ここにも同年から上くらいの歌の上手い女性達が来ており、少し話をし軽く知り合った。

夜はヨガ教室に行ったら、昼間の教室で一緒だった夫婦が来ており、多少ひやっとした。

彼らは、俺と二人組の女性らとの関係をよく知っているので、ちょっとやりにくいのだ。

彼らがまず、俺が夜の部に来ることを聞いたので、俺はそれとなく、暑くなったので午前中のテニスでクタクタになり、午後のヨガ教室には行かれないことを話した。

俺としてはこれをキッカケとして、行き詰まっている二人組との関係も一旦切りたい気持ちもあるが、それは言われない。

それにしても夜のヨガ教室は若い女性ばかりで、内心ちょっと心が浮き立つが、よそ者の立場もあり、年のことを思うと全く話しかけれないし、変に思われる恐れを感じて、その気も起きない。

夜の風呂でのトラウマ解消では、ヨガの若い女性から、二人組の女性の内の若いベッピン女性に変えながら、「要らない」というイメージでトラウマが溶けた。

これは若いベッピン女性への、長年の憧れのトラウマだろう。

それはそれとして、二人組の女性とのことを考えるに、彼女達とは知り合ってもう2年くらいになるだろうに、実際のところなかなか親しくはなっていない。

これは、俺の問題というよりも彼女達の問題で、これ以上は無理なのではないか。

実際彼女達は聞かれない限り自分のことは話さないので、結局俺のことばかりになり、話題に行き詰まるし、面白くもない。

彼女達は、俺とそれほど親しくなりたくはないのかもしれない。