拒否的高圧的な親戚のおばさんのトラウマ | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

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60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は早朝から、なでしこの準々決勝を見た。

なでしこはまた、最後には勝った。

本当に勝負強く、いつも感激する。

二度寝していたらM男から電話があり、ちょっと外出してM男の車の運転をしてやり、帰ってから壁打ちに行った。

やはり壁打ちは楽しく充実する。

昼からシニア男子のテニスに行った。

ここは久しぶりだが、通常のシニアに来ずここには来る人もいるので、なかなかなレベルで簡単には勝たせてもらえないが、それでも俺が優位になって来ており、力を発揮できて楽しかった。

帰ってから手持ちぶたさで、ギターを引いたりしたが、物足りない。

誰か相手が欲しいのだ。

メル友サイトの女性も、その後何度もEメールを開いて見るが、メールはない。

メールはなかなか出来ないと言ってたが、いろいろ推測するに、彼女の使用メールは携帯なので、俺からのメールを家族に気付かれるのを警戒しているのだろうと、いいように解釈する。

それはそうと、俺はテニスやヨガ、カラオケで多くの女性らと友達になっているが、こちらから連絡する関係にはなっていない。

これは俺がやはり断られるのが怖く、彼女らに個人的にアプローチ出来ないからだ。

孤独を楽しむより、まず誰かを誘って孤独を埋めることが重要ではないかと気付いた。

夜の風呂でのトラウマ解消は、親戚のおばさんで溶け出した。

昨日はおばさんを慕う気持ちだったが、今日はおばさんの拒否的な高圧的な態度を思い出し、トラウマが溶けた。

おばさんは、俺が5、6歳までは可愛がってくれたが、その後急に冷たくなり、拒否的高圧的になったのだ。

そのために俺は好意を持っている女性に自信がなく、断られるのが怖いので人を誘えないのだ、ということが分かってきた。