テニス再開、メル友女性、実家と親戚の家でのトラウマ | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は結局午前中、メル友サイトの女性からの返信はなく、俺はテレビの録画を見て時間をつぶした。

午後は久しぶりにシニアテニスに行った。

ここは、いつもの3人の年配男性達との、試合をやりながらのやりとりが面白い。

また、俺と仲の良い女性達とのやりとりも楽しく、俺は久しぶりに生き生きしていた。

テニスは久しぶりなので、イマイチ動きが悪く、10日やってないだけで動けなくなるのかと、驚いた。

腰の調子はまあまあだが、多少重く完調では無いので、無理は出来なかった。

5時前に帰って食料などの買い物に出たが、一軒行ったところで財布の入ったバッグを忘れ引き返し、結局安いものを買うために二軒のスーパーに寄った。

俺もこまめになったものだ。

帰ったらメル友サイトの女性からメールが来ていて、今日は会いには行けない、今月中は都合がつかないので行けないと、返事があった。

俺は、一日が終わってから今日は行けないは無いだろう、変な女だなと思いつつ、もうこれで終わりだろうと思ったが、一応、了解、また都合がつけば言ってくださいと、返事しておいた。

帰ったら、妻が昨日から泊りで出かけていることを知り、俺は久しぶりにゆったりした気持ちでテレビを見、さんま御殿で笑った。

夜風呂でのトラウマ解消は、またなかなか溶けなかったが、幼少期家にいる時の孤独感を思い出し、声を多少出して嗚咽した。

俺は小さい頃から両親が嫌いで愛着は全くなく、両親も自分達の争いばかりで、子供を可愛がることを知らなかったので、俺には親しい大人はおらず、いつも孤独だったのだ。

それを埋めようと、俺を利用しようと誘う親戚の家へ俺は通ったのだ。

トラウマ解消は、親戚の家でのおばさんと娘の2人の女と、3人でいるところを思い出すとトラウマは溶け出し、今日のテニスで「(外に)出ている」のイメージで、女性達の中に入った場面を思い出すと、トラウマは溶けた。

今日分かったのだが、シニアテニスの女性達は、休憩時間には自分達だけで固まって話しているので、男性は入りずらいのだ。

俺もこれが苦手で、男1人になると落ち着かなくなっていたが、「出ている」で、一体化せずに彼女らの中に入って、独自の立場で発言して居られるようになり、彼女らもそれを受け入れるようになったのだ。

いずれにせよ、この排除を恐れるトラウマは、2人の親戚の女性達から、裏ではのけ者にされていたトラウマだ。

風呂からあがり、0時近くに二階の自室に上がったら、メル友サイトの女性からメールが来ていて、俺の生活の様子が知りたい、俺の写真も送って欲しいと言う。

もう終わりかと思っていたが、なかなかしぶとい女性で、俺の素行調査までし、なおかつ写真までくれとは、厚かましいとも思ったが、俺もスケベ根性があるから、写真は後で送ることにして、生活の様子を正直に詳しく送っておいた。

写真まで送れと言うからには、自分の写真も送る考えがあるからだろうと、それなら多少容姿はいいかもと、俺も多少期待が出てきた。