妻とのバトルとシニアテニスと親父のトラウマ | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

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60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は午前中家にいたが、今度は妻とのバトルがあった。

居間のコタツに入りぼんやりと考え事をしていたら、妻がテレビをつけた。

俺はテレビをつけたらテレビにひっぱられるので、庭の片付けでもしようかと、その前に消していたが、妻がテレビを見るのは止むを得ないと黙っていた。

つけるとやはりテレビを見出す。

そのうち妻はチャンネルを持って、録画した番組をちよっとつけては変えることを、繰り返しやり出した。

俺は見出した番組を、ちよっと見ては変えられるので、イライラし出した。

いつもならこういう場合俺は外に出て行ったのだが、俺は妻の邪魔をしようと、いきなりギターを弾き出した。

ギターはコードをストロークするので、周りがうるさいのは俺は分かっており、妻がいつもうるさがっているのももちろん知っていた。

いきなりの奇襲に妻は驚いただろうが、すぐにテレビのボリュームをいっぱいに上げた。

もう妻はテレビを見てはいなかった。

ただ俺の邪魔をするためだけだ。

うるさかったが、俺は構わずギターの練習を続けた。

妻は今度は、居間のガラス戸を開け放った。

こうされると俺は外に聞こえるので嫌なので、開けんなやと言って自分で閉めた。

そのうち妻は片付けでもしているのか、テレビは大音量のまま他の部屋に行ったので、俺は食卓に置いてあったチャンネルを持って来てテレビを消した。

妻はすぐに帰って来て、俺が隠していたチャンネルを探していたが、俺は知らん顔をしていた。

妻は諦めたのか、今度はガラス戸をまた開け放った。

俺は外に聞こえてももういいやと思い、そのまま続けた。

そしたら今度は妻はラジオを持って来て、やはり音量を上げてつけて、食卓のテーブルに座って何かしていた。

ラジオの音量はテレビほどではないので、俺にはさほどこたえず、俺は結局一時間半くらいは練習をした。

そして俺はその間に気がついたのだが、妻がチャンネルをカチャカチャして番組を変えるのは、居間を独占するため俺を外に追い出す作戦だということだ。

こうすれば俺はイライラして外に出ることは、妻は経験的に知っており、今までもわざとそうしていたのだ。

妻は裏でこういうことを平気でやる女で、俺は不愉快になるのだが、表面上分からないので、対処のしようがなかったのだ。

昨日のカラオケ喫茶のママとのことに続いた、激しいバトルではあった。

午後はシニアテニスに行った。

ここでは俺は「拒絶する」の言葉とイメージで強い態度で対処していたが、何故かいつになくもてたような気がした。

俺に友好的な女性5人と、どちらか分からなかった女性1人の計6人と、俺から話したり向こうから話して来たりし、試合も楽しく一緒にした。

そのうちの気の強い明るい女性は、いつも以上に俺をかまって来るので、俺は彼女に抱きつく格好をしてふざけたりした。

また、みんなが冷たい中でも俺に寄り添ってくれていた独身女性には、俺から「よう、久しぶり!」とこっちから声をかけ、一緒に組んだ時には試合後じっと顔を見合わせたりした。

またどっちか分からなかった女性は、どうも俺に敵対してないようで、一緒に組んで試合後、この前の大会の結果や俺が早く帰った理由など聞いてきた。

今考えると、俺と交流のなかったのは、普段から交流のないおばあさんの2人と、俺と敵対し裏でシニアグループを支配している気の強いわがままな女性2人だけで、彼女らは俺との試合は組まず俺を避けているようだ。

それと、俺と友好的だった女性らが特に表立って今回優しくしてくれたのは、先週の大会で先に帰ったり、木曜日の定例会に休んだことも影響しているのかもしれない。

夜風呂でトラウマ解消した。

やはりなかなか溶けなかったが、そのうち親父で溶け出し、親父が常に周りを責めている雰囲気を思い出した。

俺はこうした親父が大嫌いで、小学後半ごろから話は一切しなくなり、いつも親父のことを憎んでいたことを思い出した。