昨日は午前中、昨夜の強風で飛んだであろう、畑で作ろうとしている小屋の建材を探しに行き、その後家の床下に入り、廊下のフローリングがたわむ原因の調査をした。
午後は1人カラオケに行った。
おとといのカラオケ喫茶での件で、カラオケにちよっと意欲が減っていたが、今まで歌わなかった社会人になってからの歌を探して歌い出すと、新鮮で結構乗って来た。
そうしているうち、ボックスの部屋のドアを誰か開けて入って来た。
驚いて見ると、先おととい会ったテニスの元グループの世話役女性だった。
彼女は、子供2人が学校が休みなので一緒に来たとのことで、子供と隣のボックスに入って行った。
俺はどうしたものか少し考えたが、子供がいるので一緒の部屋ではやらない方がいいと判断し、そのまま何も連絡せず別々にやっていた。
そして帰る五分前に彼女に電話したら、彼女は電話には出ずに部屋に入って来たので、俺はもう帰るから一曲聴いてと言って歌った。
彼女は、気分を出してと言って、明かりを暗くして聴いてくれ、「うまいじゃない」とほめてくれた。
俺は「緊張した」と言いながら、今度また誘うから一緒にやろうと言うと、彼女は休みの日にねと応え、別れた。
帰りに図書館に寄り、新聞を借りて読んでから返しに行ったら、ベッピン女性が受付に代わって来ていた。
俺はドギマギしながら近づき、新聞を返した。
彼女は「こんにちは」と言って挨拶してくれた。
俺は予想していなかったので、ハニカミ照れて、話し掛ける余裕がなかった。
何故ここまで彼女に惹かれるのか。
彼女は色っぽくベッピンの上に、母性的なのだ。
俺の好意も感じているはずだ。
俺はそのまま図書館で、なんとか話しかけができるイメージを探した。
そしたら「捨てる」で、彼女の前で自分を失わず大人の自分でおれるイメージが出来てきた。
今までは彼女に気を取られて、彼女を欲しいという気持ちが先行し、彼女に迎合し、自分を失っていたのだ。
ほんとに欲しい彼女に接近するには、これらの彼女を欲しいという気持ちを、捨てなければならないのだ。
ちょっとしたパラドックスだ。
今までは彼女は高嶺の花で、遠い存在だったが、ようやく話しかけれるようになってきて、今後が楽しみになってきた。